2012年02月04日

ひかり町ガイドブック 「遅れてきた手紙」

【あそぶ】

      「影の領域」
  ひかり町には影たちも棲んでいる。煙突型の古いポストの陰や、軒下で使われなくなった水盤の空洞が、彼らの縄張りだ。影たちは手紙を守っているので喋らないが言葉は使える。手を差し出すと掌に、そんなに長くは残らない影色の鏡文字を書いてくるので、しばし不審な会話が楽しめる。運が良ければ瞼の裏に「ひかり町十四番地」の消印を押してくれるだろう。消印が残っている間は、目を閉じればポストから見た町の眺めが、いつでも見える。

【ものがたり】

      「遅れてきた手紙」
昔、自分の無事を妻に知らせた夫の手紙が、両者とも死んだ後、子の代になって届いたことがある。何かしら影の秘密に抵触したらしい。内容は「何の変哲もない」もので、手紙自体は残っていない。町の住人は「影の鍍金が剥がれると町中の女性が禿げる」という言い伝えがあるせいか、誰もその話題には触れたがらない。

            (不狼児)



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ひかり町ガイドブック 「死後の一服」

【あそぶ】

      「アダルトビデオ撮影所」
  角のタバコ屋の斜向かいに建つ瀟洒なスタジオ。入場は無料。巨大な防音ガラスごしに誰でも撮影を見学できる。成人であれば出演も可。撮影されたフィルムはプローモーションで上映されることもある。室内で、あるいは野外で。寛いで、心行くまで大人の楽しみを満喫できる場所である。腰掛けるのも寝そべるのも自由。葉巻でも紙巻でも水煙管でもお好きなものをどうぞ。いかに美味しそうに燻らせるか。心身のリラックスが生む稀なる波動が紫煙を七色に輝かせたという伝説のスモーカー、昭和初期にハリウッドでも活躍した(それよりも上野・寛永寺での刃傷沙汰、三度にわたる決闘騒ぎで有名な)元俳優のジョー・キマタこと木俣善三が戦後、この町に移り住んでヨガの呼吸法を元に編み出したという、時間停止爆煙喫を使うもよし。それぞれの方法で、至福の境地を目指すべし。

【ものがたり】

      「死後の一服」
  いつも親としての思考が最も愚劣だ。愚かしく邪な人類を種属として存続させようとするのだから当然だが、自己中心的で、傲慢で、恥知らず。あつかましさは限度を越える。火遊びで子供を亡くした親は、すべての責任を簡単に火がつく道具になすりつけ、百円ライターの規制強化を求める。そうした他をかえりみない思い込みの強さが我が子にストレスを与え、火遊びに追い込むのだとは考えようともしない。火遊びに失敗して死んだ子供は死んでよかったのだ。成長して放火犯にならずにすんだのだから。むしろ親たちを刑務所にぶち込むべきだったろう。幼児が火をつけにくいとは言うも愚かな、力のない年寄りや障害者には使えない差別的な道具を強制して、他人の不自由で自分の悲しみと罪悪感を紛らすような、卑劣な親を。使えない百円ライターは道具ではない。不具だ。悪法は法ではない。犯罪だ――とゾンビは言った。――人間は下流に溜まった腐った汚水だ。
  タバコ屋の店主を殺してようやくありついた貴重な紙巻きに、さて火をつけようとしたとたん、指がぼろりと砕けて落ちた。腐った指にはバネが硬すぎて火がつかない。残った指は親指も、人差し指も、中指も、右手左手のどの指も次々と、もげて、落ちて、なくなった。結局火はつけられなかった。
  やっとこさ、狭苦しい墓穴を抜けだしたと言うのに。念願の一服を味わい損なったゾンビは生者の世界を呪った。
  火遊びで我が子を亡くした親たちにさらなる不幸よ、降りかかれ! 地震と津波と放射能に襲われて、未来永劫呪われろ!
  経済産業省の役人に子供がいたら、マッチを買い与えて、これならすぐに火がつくよ、と教えてあげよう。
  誰か奴らの家に火をかけろ。マッチが擦れないなら、タンクローリーを奪って突っ込め! 壁と天井と家具と衣服と奴らの肉の焦げる煙を吸い込んで、失われたこの上ない一服の代りとしよう。

            (不狼児)

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2012年01月27日

K

「わたしの犬は左曲がり」の獣姦アイドルに対して、「うごかないで、お願いだから」と歌う七才の娼婦アイドル。乱交アイドルは「ひとりじゃないの」と十数人のバックダンサー相手にパフォーマンス。アイドルは様々。ある意味命がけだ。いや命がけの行為がアイドルを造るのかもしれない。ゴールデン・サーフ・スペシャルはいつもビキニで海に出てサーフィンしながら歌っていたが、ビッグウェーヴに乗りそこねて全員が死亡。海からとびだす一本脚がラストショットになった。現在人気絶頂のAK-48は素っ裸で自動小銃を乱射する現役テロリストの少女たちだ。顔を隠したスタイル抜群の肉体と布の陰から一瞬覗く美しい眼差しが人気の秘密。メンバーは自爆テロの度に入れ替わる。すべては交換可能で行為が命。なら人間でなくとも構わんのでは、と考えるプロダクションがあっても不思議はない。元々男性アイドルは女性が判別しやすいフェロモン以外は見た目は猿と変りない。表象能力に乏しい女の感受性とアイドルに託して観念を愛でる男の場合では基準が違う。唯一人間ではない女性アイドルKは遺伝子操作されたチンパンジーだった。発情した性器をむきだしに踊る下品な姿は絢爛たる観念の衣装と相まって、一時期観客を熱狂させた。男はわりと抵抗なく獣と交われる。女性とは反対に現物を認識する能力がないのだ。Kは人間の子を身籠って引退した。

 

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posted by 不狼児 at 22:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 500文字の心臓 超短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月25日

ひかり町ガイドブック3

『ひかり町ブックガイド』到着。
第一印象は、ひかり町ってこんな田舎だったのか――
私のイメージでは浅草近辺の下町の小さな家が立て込む、入り組んだ路地の町。そこに田舎の駅前の閑散とした広場の静けさと、巡回遊園地の遠ざかる喧騒を加え、異界につながる社や公会堂の裏山、点在する緑地を配した、都会の真ん中に漂う浮島。
冊子を読んだ印象では埼玉あたりの郊外都市のようだ。埼玉に海はないが。
逆に言えば、海さえあれば狭山丘陵にもひかり町が現れるかもしれない。キューポラのある街が里山にタイムスリップして独自に超進化する感じ。

別紙、『ゆみに町ガイドブック』の著者であらせられる西崎さんの全作品コメントも素晴らしい贈り物です。
心臓の選評でこのくらい書ければねえ。無理なのはわかってるが。
的確で、簡潔。書き手にも読み手にも親切。凄い。
ありがとうございます。

 

○お知らせ

空虹さんがひかり町ブックガイド「暮れる朝」を公開されております。
ガイドに続けることも可ということなので、挑戦してみてはいかがでしょう。
当方は鋭意製作中。
もちろん私の公開2作のガイドにもご自由にどうぞ。
それなら個別のエントリーにアップし直した方がいいかな。

posted by 不狼児 at 23:09| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

ひかり町ガイドブック2

結果発表!
佳作に拾ってもらえてよかった。
一緒に冊子に載せてもらえないのは寂しいから。

記念に、選に漏れたやつをば公開いたしやしょう。
別エントリに公開中。

posted by 不狼児 at 22:41| Comment(6) | TrackBack(1) | 500文字の心臓 超短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月14日

ひかり町ガイドブック

ひかり町ガイドブックは悔いが残るなー。
余裕がなかったから。応募作。推敲不足で、今になって直したい部分がいっぱい出てくる。書き換えて良くなるものではないとはいえ……ガイドはいいけど、物語は全然ダメだ。粗だらけ。

てことで、「ひかり町ガイドブック」を「遺伝記」のように大勢の作者で書いて行ったら面白そうだ。
誰かが書いたガイドブック部分に別の作者がものがたりを付ける。今度はそのものがたりの舞台や小物を利用してガイドをでっち上げる。矛盾を孕み、歪み、深まり、膨らんで、町は万華鏡のように刻々に姿を変える。

遺伝記がいまいち物足りなかったのはホラー小説という縛りのせいもあるだろう。怖い話に重点が行きすぎて、全体として見ると連動性が薄く、せいぜいが年代記的な繋がりで、そういう点では快感が乏しかった。繋げるにしろ、切るにしろ、超短編の方が自由度が高い。とはいえ、こういうものでは真っ先にフォーマットを壊しにかかる方なので、他人様にやってともやればとも言えないが。

そんな訳で超短編イベントに参加した人はツイッターでもブログでも報告をよろしく。お願いしますよ。

posted by 不狼児 at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月13日

今日のひと言

糞溜めを掻き回しても糞に当たるだけだ。
                                             ――内閣改造

posted by 不狼児 at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月02日

超短編の世界3

絶賛発売中! 拙作も三篇収録。いちおう新作。

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幻妖ブックブログ「本日の一冊」で紹介されております。
どうです?
ほら、読みたくなってきたでしょ。

でことで、現物が今ここに。

来た。読んだ。泣いた。
みんな可愛い路線なのに、俺だけ不気味。

と書いたらカッコイイかと思って。でも実態は違うのでご安心を。

それぞれに不気味だったり、可愛かったり、甘かったり、辛かったりするものの、共通する軽やかさ、目の前からひょいと身を翻して逃げてしまうような捉えどころのなさが魅力的で、三冊目にしてまるごと一冊、編者の趣味(というより志だな)が隅々まで行き渡った『超短編の世界』を提示している。

一つの意味を定着させて事足れり、とするような作品は周到に排除され、読者は引き続き宙吊り状態に放り出され、だからそれは読み終わってしまった話ではなくて、いつかどこかで再びめぐり逢うことがあるかもしれない。
posted by 不狼児 at 22:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

てのひら怪談 辛卯

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今年も出ました。

拙作は地震の話ですが、震災に便乗したわけではありません。書いたのは去年だしね。

第9回ビーケーワン怪談大賞も開催中!

posted by 不狼児 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月26日

ぐしゃ

世界中で人口密度が高くなりすぎて、戦争もできなくなった。とにかく皆んながひしめきあってスペースがないのだ。誰かひとりが転んだら、全員がもつれあって倒れてしまう。だからって、ねえ。提督。わたしの頬っぺに鼻を押しつけながら敬礼しないでくれる?

 

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posted by 不狼児 at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 500文字の心臓 超短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする