2012年02月12日

ひかり町ガイドブック 「自動人形の一族」

【名物】
      「自動人形」
【ものがたり】
      「ある自動人形師の最後」 
              (すぎやまあつし) 
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載

【ものがたり】
      「ニポ・コリトの歴史」  
              (オギ) 
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載
      「あるコリトの冒険」 
              (オギ)

 

【ものがたり】

      「自動人形の一族」
  ひかり町には二種類の住人がいる。生きている人と動いている人だ。生きている人は町の外でも見かけるふつうの人間だが、動いている人は全身が精妙な機械じかけで出来ている。事故にあっても壊れるだけで死なない。仲間がひきとって修理すると、すぐに元気になって還ってくる。表情は乏しいが動きはなめらか。生きている人と同じで米を主食とする。細工師や時計屋よろず修理店のほか、工事現場や鳶職など危険のある職業に就くことも多い。
  動いている人が営む店の看板にはよく、細く曲がりくねった字体で標語のようなものが書かれている。「コリト・エルゴ・スム」と読むニポ語で、小人がいるので我々がいるという意味。
  どうやら動いている人は完全な自動制御ではなく、内部で小さな小さな、我々と意思が通じ合える生き物が操縦しているらしいのだ。

              (不狼児)



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ひかり町ガイドブック 「カメラ・ノスタルジア」

【一生】
      「ビックバン」
【ものがたり】
      「わ」 
              (根多加良)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載


【ものがたり】

      「カメラ・ノスタルジア」
  ひかり町で写真を撮るのは困難をきわめる。住人じしんが光となって生きているこの土地では、人の姿も、立ち居ふるまい、風景も、暗すぎるか明るすぎるかで、デジタルカメラもフィルムも役には立たない。住人の放つ光が強烈すぎて受光素子が焼き付いてしまう。幼いものは光が弱いが、闇はハロゲン化銀を感光させない。年寄りは光の向こうで透けている。
  町で唯一つのカメラ屋が増えもせず、潰れもしないのはそのためだ。
  売っているのは旧式の箱型カメラ一機種で、両面を闇で挟んだ特殊な光のサンドウィッチ乾板が使える。レンズの蔽いをとると光の強度に合わせて闇に滲みでる薄明が定着させるのは、対象そのものではない。今はない、かつてそこにあったものの光跡だ。写っているのは幼い頃の自分だったり、先祖だったり、染みのない顔もいる。へえ町並はこんなだったのかと思っても、それはいつの話やら。
  スナップショットは時間をさかのぼり、光の記憶を写し撮る。自由はない。写るものが写るだけ。ひかり町の住人は現在の自分の顔を見ることはない。

                (不狼児)

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2012年02月09日

ひかり町ガイドブック 「猟亭かものはし」

【グルメ】 
      「電話食堂」
【ものがたり】
      「旅人のとまり木」 
             (松本楽志)
          *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載 (ここにも

 

【ものがたり】

      「猟亭かものはし」
  お勧めは」
  鳥料理です」
  砂肝とアバラ肉のテリーヌか。ガクシチョウ?」
  鳥の名前です。姿形が美しいので名高い極楽鳥と比べると、楽士鳥の見かけは地味ですが、とても良い声で啼くので、そう呼ばれています。翼はありますがほとんど飛べません。一時期絶滅が危惧されていましたが、見かけが地味なのが幸いしたのでしょう。相当数の個体が再発見され、今ではとりあえず養殖という名目ではありますが、こうしてご賞味いただけるまでになりました」
  ではそれを」
  ボン! と音を放って炎が上がる。奇術師の皿の上にはすでに料理が。
  これは!」
  煙でも砂でもありません。ごく微細な粒子のように見えますが、楽士鳥の砂肝と胸の挽肉です。じつは楽士鳥の肋骨にはほとんど肉はついていません。薄い羽毛が生えた下に極薄の皮膚が覆っているだけです。だから嘴を開かずとも内部の響きが直接伝わって、ハープが三重奏を鳴らすような、それはそれは澄んだ音色に聞こえるのです」
  食べてしまうんですか」
  美味しいのですよ」
  希少なものを」
  黙っていれば見つかる鳥ではない。とはいえ、飛べないうえに運動神経が極端に鈍い楽士鳥はけっきょく、霞を食って生きるしかありません。霞が餌ですから、砂肝は胸肉に劣らず薄く、幻のように繊細です。挽肉の限界、と当店が自負する逸品でございます」
  軽くて、香ばしくて、舌にのせると蕩けるようなのにしっかりとした味のある、物質感の全くない、純粋な味そのものである料理。
  とある美食家からは「楽士鳥の幻の羽ばたき」と絶賛されたそうな。

             (不狼児)

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2012年02月08日

ひかり町ガイドブック 「八月の子守唄」

【自然】
      「無尽が池」
【ものがたり】
      「空の水」
              (はやみかつとし)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載 (ここにも)

【ものがたり】 

      「これがホントのゲリラ豪雨 in Spring」            
              (空虹桜)


【ものがたり】

      「八月の子守唄」
  朝。ひかり町の家々は腰までひたひたの水浸しで、眩しい夏の陽射しを浴びて、茫然と顔を見合わせていた。舟を持たない住人は為す術もなく、窓の外に広がる景色を眺めている。
  昨晩のことだ。
  あるものは熱帯夜の不気味な鼓動を思い出す。あるものはせせらぎの音がする夢を、また明け方より早く来た涼しさに身を震わせたことを思い起こす。
  ひかり町の上空二十メートル付近に隠された膨大な流出量を誇る水脈の噂を流したのは誰だろう。
  水を含んで膨らんだ大気のレンズこそ、町の空が青すぎる原因だと言われだしたのはいつだろう。
  現状に不満を持った若者たちはどこにでもいる。
  黒い七月団(黒い九月には苦い米が実るらしい)の組織者は、稲刈り用の古い手鎌が、水脈のある空気の層を切り裂けることに気づいていた。
消防署からはしご車を盗み、ビルからビルへ綱を張り、滑車で空中を疾走しながら、彼らは切る。切って切って切りまくる。
  大気の裂け目から湧き出す水のどうっと言う落下音。滝のように風が降り、地面にあたって跳ね返る。彼らは風をとらえ、パラグライダーで舞い上がり、さらに水脈を切り開く。鉄塔にぶつかり、感電しながらだって切る。
  夜が明けるまでに作業は完了。このありさまだ。
  正午ごろ、山から吹き降ろす風が水面に漣をたてる。
  人々は息を潜めたまま。やがて日が傾いてくる。
  一日中町を蔽いつくした大量の水は、夕暮れの赤い光の波に乗り、一斉に逆流する。突如、空の一点に出現した漏斗状の投入口に殺到した。
  渦巻く大洪水に吸い込まれるように、大気中の熱も退いてゆく。
  夏が終わる。

              (不狼児)

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2012年02月06日

ひかり町ガイドブック 「長考院無策寺」

【名所旧跡】

      「長考院無策寺」
  長考院無策寺は隠れた名刹として有名。首尾よくたどりつけた者はまだいない。

【ものがたり】

  (お待ちしています)

            (不狼児)

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ひかり町ガイドブック 「怪談銀行」

【名所旧跡】
      「光灯寺」
【ものがたり】
      「泳ぐ空」
             (峯岸可弥)
          *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載(ガイド部分はコメント欄、ものがたり部分はここここにも)


【ものがたり】

      「怪談銀行」
  光妙寺は裏で金貸しを兼業している、と陰口を叩かれたりもするが、扱っているのは銭金ではない。町の住人はもとより、遠くの市町からも大勢来る。自分で体験したり、人づてに聞いた怪異な話を預けに行く。しがらみや祟る恐怖からどうしても話しにくい体験を預けるかわりに、別な話を借りることもできる。ウズウズと心が落ち着かず、黙っていられなくなった時には、かわりにそれを話せばいい。質屋じゃないので売り買いはしない。長く預けた話には銀行と同じで利息がついて戻ってくる。満期というものはない。寺が存在し続ける限り、貸し出され、返済され、使い回される話は語る人や時と場所の違いで姿形を変え、利子が利子を呼んで肥え太り、時には話に失敗して雲散霧消し、消えた話はまたどこからか現れて、残った断片が預けられ、再結合して育ってゆく。
  借りた話には利子をつけて返済する。利子が何かは誰も言わない。口にするのも憚られることだ。
  時にはネタに詰まった怪談師が姿を見せることもある。巡礼者を気取ったような貧相な身なりで、使い回されてすり切れた話やほつれてこぼれた裏話、真贋も定かではない骨董話、毛の生えた無駄話、黴びた嘘などを大量に、低利で借りては、頭陀袋に詰めて背負ってゆく。
  帰ってゆく後ろ姿は曇り空に溶けるカモメのように真っ白い。

            (不狼児)

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2012年02月05日

ひかり町ガイドブック 「明ける黄昏」

【名所旧跡】 
      「ひかりの門」
【ものがたり】
      「暮れる朝」 
              (空虹桜)


【ものがたり】

      「明ける黄昏」
「後家女郎蜘蛛じゃ」
  長老が教えてくれた。
  川向こうの巨石群に夏至の遅い日没の光が差すと、背景の木立はさらに暗くなった。ぶくぶくと泡立つように川面が揺れ、黄色と黒の縞模様の、蜘蛛というよりアメフラシかナマコに見える生き物が膨らみ縮み巨体を引きずって、遺跡の岸に這い上る。日没の光と競うよう、あわてて巨石にのしかかると、ビクビクと全身をふるわせ、失われし雲丹坊主との懐かしき日々、数万の棘の愛撫を想い、紫の丹田放射をまざまざと感じて、夏至の光を取り込んだ疣だらけの縞肌をいっそうまだらに明滅させる。
  後家女郎蜘蛛が秘めた触手を虚空に伸ばすと、環状列石の上空に本物の「ひかりの門」が姿を現す。
  公園にどよめきが広がる。
  歓声にも聞こえるため息が、主に地元民の口をつく。
  住民には同じ獣の血が流れている。イベントがその肌に刺青のように浮き立たせる縄文は、宝の地図か暗号か――宇宙を渡る船の民、それぞれが持つ文様が連動し、やがて星間連絡の信号を送る結晶体に成長して、同胞をふたたび故郷に導くのか。
  群衆ともども腕ふりかざし、
  うぅあぁー、うぁらぐゎー。
  まだ足りない。
  らじゃぁー、ぃやじゃぁー。
  遠く幾つもの異次元を隔てた窯変宇宙のさえずりが、獣人神楽を盛りあげる。「門」から溢れる細い細い光の束が、巨石を巡って空に差し、森を射抜いて、木々は暴風に煽られたように激しく揺れた。
  黄昏は跡形も残さず消え、ロメジュリが互に歌う永遠と、絶望は闇に溶け、午後十時。悲しげな咆哮が響きわたる中、いまだ「ひかりの門」が開くことはない。

              (不狼児)

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2012年02月04日

ひかり町ガイドブック 「ひかり町観光協会」

【ものがたり】

      「ようこそひかり町へ」
             (ひかり町観光協会・タカスギシンタロ)
          *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載

【案内】

      「ひかり町観光協会」
  建物に入ったら受付のお姉さんが出してくれるお茶をのんで、まずは一息つきましょう。聞きたいことを尋ねる必要はありません。案内はひげの所長が一手に引き受けてくれます。所長は天井にとどくほど大きなぶどう棚を背負っていて、いつもたわわにぶどうを実らせています。あなたがお茶をのんでいると、所長はこころもち首をかしげて、一房摘んでくれるでしょう。ぶどうのひと粒ひと粒には観光客各々の行きたい場所が映っていて、食べれば自然と足が向くので、迷うことなく目的地に行き着ける。木は所長の背中から直に生えているらしい。立派なひげは顕微鏡で見ると、みっしりと小さな葉のついたぶどうの蔓だ。

            (不狼児)

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ひかり町ガイドブック 「稲妻三人娘の像」

【ものがたり】

      「ひかり町のこと」
             (西崎憲)
          *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載

【待ち合わせ】

      「稲妻三人娘の像」
  駅前で待ち合わせるなら、稲妻三人娘の像の前はいかが。銀ピカにメッキ済のブロンズ像で、三人三様に大口を開けているのでよく目立ちます。内側は開いた口から続く空洞で、時々駅のアナウンスが谺して、何か言っているように聞こえるとか。恋人どうしが待ち合わせに使うと、三人に一人が別れる、三人に二人が幸せになるからいいじゃないかなど、いろいろ言われておりますが、とりあえず像の周囲はタイルが滑るのでご注意あれ。広場を挟んだ正面のサザンウェスト劇場では悲劇しか上演しません。陰鬱な気分になること請け合い。待ち合わせに失敗した暁にはぜひご利用ください。

            (不狼児)

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ひかり町ガイドブック 「桃の毛」

【名所旧跡】

      「富士見台」
  本物の富士山は見えないものの、灯籠の内部にしつらえた精巧な富士山のミニチュアをよく晴れた日の青空を背景に眺めれば、本物を凌ぐ絶景にお目にかかれる。売店では透明人間の標本と称するおみやげも売っていた。遮光カプセルの中に収められていて正確にはわからないが、カプセルの大きさから言って透明人間とやらの背丈は三センチにも満たない。ミニチュアの富士山はかつて透明人間を捕まえる際に使ったそうだ。築山の麓には果樹園があり、入り口では非常に美しいお婆さんが季節の果物を売っている。くっきりと深く刻まれた皺。かすかに灰色がかった澄んだ瞳。扇のように広がった、くすみのない白髪を肩まで垂らし、「この季節なら桃ですね」と薦めてくれたが訊いても名前は教えてくれなかった。

【ものがたり】

      「桃の毛」
  桃をつかんだら、指が笑いだすほどくすぐったくてすぐに落としてしまった。桃の毛、桃の毛、震えが走る。親指に桃ノ毛ヒメが生えてくる。小指にも。薬指にも。てのひらいっぱいに産毛のようにそよぐ細長い透きとおった桃ノ毛ヒメが身をくねらせて誘いかける。桃ノ毛ヒメがゆれるので、花を摘もうと茎をつかむと、花がゆれる。花はゆれて何倍にも香る。虫が集まりひしめきあって、十倍ゆれる。僕は桃ノ毛ヒメに花が実を結び、この手の中で大粒の、けばだった外は色淡く中はみずみずしい桃が熟するようにとお願いする。願いはかなった。僕は新鮮な桃にかぶりつく。 

            (不狼児)
         *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載


【ものがたり】

      「あるコリトの冒険」(オギ)

posted by 不狼児 at 17:26| Comment(3) | TrackBack(0) | ひかり町ガイドブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする