こんな晴れた日が続くと、いつか路上で死ぬ日のことを思い浮かべずにいられない。
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シベリアから手負いの雪女が逃げてくる。傷口から吹雪がもれる。
アネハ蝶に卵を産みつけられたキャベツは、見た目には虫に食われているようには見えません。けれども、つかむと、はらはらと手の中で崩れてなくなってしまいます。畑いちめんに丸々と実ったキャベツが全部、アネハ蝶に産卵されていたら。耳を澄ますと、心なしか、遠いささやきに似た幼虫の歯音が聞こえるように思えます。ある日、春の嵐が巻き起こると、雨風がひゅー、ざーと葉を叩くのにたえきれず、キャベツは畑から一つ残らず消えてしまうでしょう。
それでは幸運な王様。わたくしの話がすべてつくり話であったら、どうなさるおつもりでしょう?
千一夜が終わって婚礼の宴も済んだ夜明け、シャハラザードが言った。
そんなことはあるはずがない。王は答えた。おまえはアッラーに賭けて真実を語ると誓ったではないか。
それではわたくしの誓ったアッラーがただの名前に過ぎず、コーランはムハンマドの寝言、聖堂に響く朗唱は衛兵の立小便の反響に過ぎず、すべての文字が蟻のつけた道の跡でしかないとしたら、魔神も精霊もいまだ存在せず、あなたがわが子と信じる子らもバグダッドも、あなたが殺した女たちも存在しないと言ったらどうでしょう?
王は眠そうな半眼を喝と開いた。
気でも違ったか。アッラーの他に神はなくアッラーの他に真理はない。
王様。わたくしの顔に見覚えはございませんか?
まさか! 余を裏切った最初の妃、いや余が生まれる前に亡くなったわが母だ。
ならば王様はいまだ生まれてはおられませぬ。いつかシャフリヤールとして生を受け、妻に背かれ、そのせいで千人の女を殺害するでしょう。
御覧なさい。万物は存在すらしておらず神の第一声が聞こえるのはまだ先のこと。世界は虚ろです。
一匹の蛆虫の前に蝿がいたとはお考えにならぬよう。蝿は蛆虫が夢見た結果に過ぎませぬ。ただ蛆虫は蝿より他のものを思い描けなかっただけなのです。
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ちぎれた腕が森の池に落ちる。ほんのひととき、掌を開いて睡蓮のように浮かんでいたが、すぐに泥の中に沈んだ。腕は泥に埋もれて根を張った。やがて芽を出し、茎が伸び、腕を地上に持ちあげる。木洩れ陽もとどかない池のほとりで風にそよぐ葉は髪に、茎は胴体と手足になった。
近くに住む子どもが水浴びにきて、白い人を発見した。白い人は少年に抱えられて上半身を起こしたが脚は地面にめり込んでいてそれ以上は動けない。
「ゲームをしよう」
男は裸だったので、子どもに家からトランプをもって来させた。
最初の勝負で白い人は子どもの身ぐるみを剥いだ。
「これでは小さいな。お父さんの服をもっておいで。それまで君の服は預かっておくよ」
少年は服といっしょに食料を抱えてきてまた勝負を挑んだ。男が勝つと少年は何度でも裸で帰っていった。翌日も、その翌日も。一週間もすると子どものものはすべて白い人の所有物になり、少年は小屋を解体し、夫を亡くした母をつれて、男の元へ引っ越した。もちろん母親も彼も白い人のものだったから。
少年は白い人の傍らに丸まって眠った。母が話しているのが誰なのか、彼はもう知らない。
やがては村中が白い人の所有物となり、ここに移り住んでくるだろう。
宅配便が届いた。ラベルに生ものとあったので早速あけると、それは恐怖だった。半透明で、少しいびつな、何と言ったらいいか、裸で、ビニール袋にも入っていない。箱の底で、腹からはみでた腸が元の場所に戻ろうとする時のようにゆっくりと蠕動している。まさかこんなものだとは。今まで死んだ恐怖しか扱ったことがなかったので知らなかった。
はっきりわからないうちに恐怖はわたしの中に入り込んだ。
恐怖はすべての色を変え、細胞のすみずみまで浸透すると、わたしはもうわたしではなかった。服が体に合わなくなった。部屋のいつもの場所にいても落ち着かない。
冷や汗がでる。ただ脈をとるといつも通りだ。息もしている。
こんなことをしてはいられない。
世界はバセドー氏病の暴れ馬のように目を飛び出させ、汗をかき、疾走する。入れ代わり立ち代り、実体のない映像だけがめまぐるしくわたしの前を通り過ぎる。
「まるでつんぼの映画鑑賞会だ」
わたしは苦々しさのあまり誤配された郵便物を破り捨て、差別用語を呟く。
もう今ここを生きられない。わたしはその瞬間まで確実に続く、長々しい死を生きはじめた。
食料を守るために村人は高床式の倉を建てた。円形の堀で周りを囲い、子供一人がやっと通れるだけの細い橋を架け、橋の途中に門を造った。村人は太郎に門番を命じて言った。「交代が来るまでこの場所を離れてはいけないよ」太郎が見張っていると一匹の鼠が門の前に立ち、通れないと知って引き返していった。明け方、太郎は寝ずに待っていた。夜が音もなく羽ばたいたかと思うと天狗が現れ、「感心だな、坊主」と飴をくれた。天狗の飴を舐めると喉も渇かず腹も減らなかった。朝になり、また夜が来た。今度は鼠が集団で橋を渡った。太郎は門を開けなかった。鼠が帰ったのは夜も白む頃だった。すると「坊や、大変ね」姑獲鳥が現れて、太郎に乳を含ませた。「お飲み。そうすれば眠らずにすむ」次の夜。痩せた母鼠が子供にやる餌もないと両手をすり合わせた。姑獲鳥のおっぱいを飲んでから、太郎はちろちろと唇を舐める嘘の舌が見えるようになっていた。森の中ではびっしりと地面を埋めた鼠の群れが門が開くのを待ち構えている。首を横にふると母鼠を押しのけ一匹の巨大な野鼠が近寄ってきて、太郎に臭い息を吹きかけた。生きた心地もしなかった。最後の夜は闇夜だった。森を渡って明かりが近づいてくる。村人かと思ったら月の人だった。月の人はのっぺらぼうで光はそこから漏れていた。門を開けると、太郎を連れて倉に入った。中は空っぽだ「お前は鼠の餌だった。鼠が倉に入ったら群れの重みで全体が水没する仕掛けだ」月の人は太郎に言った。「今頃は村人も月の裏側の顔がどんなに恐ろしいか身をもって知っているだろう」
続きを読むこっそり公開。
さあ勝負、と言うほど力の入ったものではないし、sleepdogさんは引越し準備中で忙しそうなので。あまり人に迷惑をかけてはいけない。
只今軽さと爽やかさを追求中。推敲もあまりしない。
一番勝負 土を運ぶ
十人がかりで地面を掘って、別の十人が運んだ山のような土を、僕は一人で運ばなくてはいけない。二十人が眠る穴を埋め戻してしまったら、僕にはもう居場所がない。
逃げることもかなわない。
銃を持った兵隊が見張っている。
二番勝負 祈り
東京大震災の後、焼け跡からエノラ・ゲイの卵が発見された。アルミ製の卵の中で翼を折りたたみ、胎児のように丸まったB-29爆撃機は、親と同じように原爆をかかえて生まれてくるのだろうか?
数千人が涙を注いでも銀色にピカピカ光る卵の殻は1ミリだって溶けはしない。
いつか卵が孵ってエノラ・ゲイが飛び立つ時、東京はまた廃墟に変わるだろう。
三番勝負 空から降りてくるもの
ナイフできれいに削った鉛筆を上へ向けて立てると、空から小さな裸の女が落ちてきて流れ星のように突き刺さる。女は串刺しにされた痛みで目を覚まし、もがきはじめる。しかしこいつはまだ餌だ。本命はこの次だ。空からゴンドラがゆっくり降りてきて初めて、我々は自分が宙吊りだったことを知る。我々は絶え間なく全速力で落ちている。落ちないものは眠っている。目を覚ましたとたん、奈落の底へ一直線に落下してゆく。より高速で落ちるものだけが我々に追いつける。ゴンドラの速度は+−無限大。誰かを乗せると子守唄を歌いながら上昇する。だから鉛筆を上へ向けてはいけない。無用の殺戮は慎むが吉。鉛筆を下に向けると加速度がついて切っ先は白い紙に突き刺さり、焦げ目がつく。落ちてゆく日々を夜よりもなお黒々と真新しい夜明のページに刻みつける。
四番勝負 罪の甘み
何としても郵政民営化を果たさねばならない。国会も押し詰まった頃、一人の変質者がマンションのベランダの洗濯物に目をとめた。アレが欲しい。たとえ国民の利益に反するとしても、男は必死に壁をよじ登り、ベランダの洗濯物に手を伸ばす。
生き返らないように何度も刺した、と兄を殺した弟は警察に語った。
小学生に目がない変質者がもう一人。舌なめずりしながら、庭に立って部屋の中を覗いている。靖国神社に参拝せずにはいられない。幼い少女が好きなのは俺自身の問題だ。お前らがとやかく言うことじゃあない。男は部屋にしのびこむ=小学生を絞め殺す。
一仕事終えると一国の首相は官房長に、変質者は何も知らない同僚に、異口同音に言った。
「ニュースを見たかい?」
五番勝負 ブルー
誰かが飛ばした輪ゴムがワインの底に沈んでいる。
息を止めた子供が一人、テーブルの下に倒れている。
床のタイルが一枚、割れて剥がれている。
大きな一枚ガラスが木っ端微塵に飛び散った。
レストランがある。正面の歩道に自動車が突っ込んだのだ。
ブレーキの軋む音。鈍い音。続いて胸が張り裂けそうな金属音。
父親に教わったとおり輪ゴムを指にかける。
ドライバーがハンドルを切り損ねたのは、少年がポケットから輪ゴムをとりだすのと同時だった。
空が目に沁みた。
まぶしいな。
女は呪われた。いや憑かれたのかもしれない。夫はパチンコ屋で浮気をしている。五才の娘はタバコを吸い、幼稚園で恐喝をした。兄は親の遺産を独り占め。ちゃんこ屋を始めた。ご近所ではつまはじきだ。指折り不幸を数えようとして、女は爪が醜く変形していることに気がついた。ネイルサロンでしくじったわけではない。鏡に映った自分の顔は別人だった。
「いったいどうしてこんなことに」
幸せを願うあまりに頭がクラクラした。
「あたしは…」
鏡の中に手を伸ばすとわしづかみに顔をつかんで引き剥がす。目玉が一つ、洗面台に転がり落ちた。目玉は少し濡れたようだ。
たまらず女は吐いた。こみ上げてくるものを次々に吐き落とした。ようやく痙攣が治まって、見るといくつもの誰かの目玉が積み重なって、洗面台の底から女のことを見上げていた。こんなところに目があるのでは夫はパチンコ屋で浮気の相手を見つけられないだろう。娘は寝ぼけてライターのありかがわからずに机の角に頭をぶつけているかもしれない。兄のちゃんこ屋の鍋の中ではぐつぐつと目玉が何個も煮込まれている。近所の目はもう何も見えない。
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