2008年06月30日

宣伝その4 超短編の世界 VOL.1

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「物」と「語り」はあるけど、物語はない、という相変わらずな拙作が一篇収録されております。

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宣伝その1 第二回コトリの宮殿

超短編マッチ箱 超短編自由形 「コトリの宮殿」第-2回
自由題に「超絶行為影技場」が採用されました。

がくしさんの解説ほど、筋道立てて考えてはいないのですが。何しろ書く時は極力何も考えないようにしているので。

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2008年05月17日

きみはいってしまうけれど

   自殺志願者の皆さんへ、お願い
1.通勤電車に飛び込むのはやめましょう。多くの人の迷惑になります。朝夕のラッシュ時は避け、 復旧にかかる時間的な余裕を見積もって行動しましょう。新幹線は速度がありすぎて危険です。死体も細かく砕けすぎるので回収しきれません。 避けましょう。

2.ビルから飛び降りるときは下に人がいないかよく確かめてから飛び降りましょう。 無関係な人間を巻き込むのはとても恥ずかしいことです。

3.硫化水素を発生させる際には、まわりに人家のない空き地や山中で行い、車やビニール袋で密閉状態を作るようにしましょう。 人家がないからといって地下鉄で行うとオウム真理教の二の舞になります。冗談でもやってはいけません。

4.いじめが原因で自殺するときは必ずいじめた人間を始末しましょう。 人をいじめるような人間は絶対に更正しないので生かしておくだけ時間の無駄です。現世にゴミを残してはいけません。 人は死んでも恥は生き残ります。殺人は罪ですが恥ではありません。きっちり落とし前をつけて逝きましょう。

5.人間の価値を決めるのは行為とその結果です。責任ある行動を心がけましょう。

 

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2008年03月07日

誰よりも速く

 期待値0。
 あだ名はアロンアルファ(足の裏に瞬間接着剤が染み出すように、一足ごとに遅くなってゆくから)。

 たとえ君が世界で一番美しい少女だったにしろ、僕が君のおねしょを肩代わりしたのは少年史に残る愚かな行為だった。
 もし君が後で僕を裏切らなかったとしても。

 いつもの決まり文句「彼は死んだ」の前段階には「彼が生きた」事実がなければ言葉は意味を持たない。 ゼロマイナスゼロマイナスゼロマイナスゼロマイナスゼロマイナスゼロマイナスゼロイコールゼロ。

 お前は生まれる前に処刑され、この世界に埋葬された。

 地雷を踏む確率89%。

 死んだ。

 

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2008年02月13日

その他多数

 しかしながら、聖霊の無選択は一人の御子のみならず多くの怪物を生んだ。忌まわしい、邪悪なものが大半だったが、 中には無辜の幼児達の殺戮を逃れていたら、もしやと思わせる者がなかったわけではない。無頭症の赤子が生き残って立ち上がり、 長じて稀代の車引として一生を終えたのは聖霊の種だったのかも知れぬ。
 先頃、空港でスーツケース爆弾の持込容疑で止められた男もその末裔だったのかも知れない。 彼が持っていたスーツケースは核爆弾などではなく、神に愛でられなかったため、 正式な種類としてはこの世に存在しない生物がいっぱいに詰まった携帯用の箱舟だった。 例外と偶然が支配する聖霊の御世にこそ生きるべき彼等に、幸あれかし。空しく地に放たれし、ザーメン!

 

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2008年01月15日

やたっ

コトリの宮殿で、 自由題に入選しましたよ。
シンタロ選では初めてです。長い道のりでございました。
表現が大袈裟なのは仕方ないのです。僕の作品は元が無葛藤なので、大袈裟な振りと踏み外しをなくしたら何も残らない。 もっとも大袈裟な表現が空回りするところが大好きってのもあるんですけど。

今年は幸先いいのかも。
まあ、自分のことはともかく、朝青龍にはぜひ優勝してもらいたいものです。

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2007年12月28日

失踪 (吸血鬼掌編 4)

 鉄串で虫歯を抉るように心底嫌な事件が続いたここ数日のあとを追うように、幼い愛凛《あいりん》失踪のニュースが伝えられた。
 淵を浚い、叢《くさむら》を刈り、畑の土まで掘り返し、夜を日に継いだ徹底的な捜索は空振りに終わった。
 しかし父親は、どんなことがあっても娘の無事を信じていた。夜も昼も願っていれば、愛凛は帰ってくる。
 りん りん
 あいたいよう
 何処《いずこ》でか。魔除けの鈴が、りん、と鳴った。
 健やかに陽のきらめくようなその音色。
 数週間後。ようやく家に戻った愛凛の歯は一本残らず抜けてなくなっている。
 父親は朗らかに笑って(その前に口の中でぶつぶつと呪文のように、血で血を洗い落とし歯をもって歯に換えるべし、 とかなんとか唱えてからだったが)言った。
「なあに、全部乳歯だ。どうということはない」
 負け惜しみではない。
 凶報はすぐに生えてくる。


 

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2007年12月10日

仮面

「カモン! 亀仮面!」
 男は叫んで、変身した。
 亀仮面はカメラを背負って亀の仮面をかぶった改造人間である。敵はショッカの改造人間だ。「食え、可能な限りすべて!」 を至上命令とする秘密組織・処女童貞撲滅変態冒険家協会、暗号名=食可は、罪もない人々を襲う変態性欲者の集団である。
 造成現場、建築途中で放棄されたビルの上での戦い。ミミズ千匹の泥沼、カズノコ天井の罠を潜り抜け。亀仮面は頭から体当たりする。 蛸女は透明な汁をピューピュー噴きながら、人間魚雷に貫かれ、悲鳴をあげて痙攣し、爆発し絶命する。
 亀仮面はカメラを構えると改造人間の死体を写真に収めた。後でカードにして売りさばくのだ。もちろん、 PTAから懸賞金をもらうための証拠でもある。
 亀仮面の正体はフリーカメラマンの近藤無我。内藤鰊はライターを装って彼に近づいた宿敵・マゾヒストラーだった。
 マゾヒストラーは被虐の人だ。ガーターベルトと黒のストッキングの他は一糸纏わず、浣腸液で妊婦のように下腹を膨らませて、 三角木馬にまたがり、尻を鞭で打たせながら嘯く。
「僕を殺すか? ふふん、だったら明日の新聞の見出しはこうさ。『近藤無我、内藤鰊退治、殺害』死体遺棄で逮捕ってな。罪人はおまえだ」
「かめへん」


 

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2007年10月29日

赤裸々

 ある王様の話である。
 先代の王は一羽のコウノトリを飼っていた。以来、今にいたるまで同じ個体が宮殿に放し飼いになっている。 コウノトリは毎年のように中庭にある四階建てほどの高さにそびえる石柱のてっぺんに巣をかけたが、卵も産まず、 つがいをつくることもなかった。
 早くに父を亡くして王位を継承した現王は、敬意こそ失わなかったものの、白磁のように白い大柄な鳥が、 風切羽の漆黒と嘴の真紅の類なき対照を見せながら、長く伸びた角質の脚で大理石の床を闊歩するさまに、漠然とした恐怖をおぼえた。
 ある夜、王は絶世の美女を夢に見た。
 薔薇の咲き乱れる庭園を歩む玲瓏たる貴婦人は、豪奢な綴れ織りの一枚布を羽織っているだけで素裸だった。肌は白磁のように白く、 風になびく髪は黒く、唇は赤く、眸は日の光を思わせる金色だった。前をはだけて差し伸べた女の腕は細く、指は長く、掌は冷たく、 仄かに夜の香りがした。
 翌朝、コウノトリは巣にこもり、十月十日を経て王の居室に布にくるまれた赤ん坊を運んだ。玉のような男の子だった。
「これで私に母のない理由がわかった。王家は代々、夢精生殖によって受け継がれるのだ。事実は世に隠れようもない。 夢の卵を見事に孵すコウノトリこそ、すべての王の偉大なる母である」

 

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2007年09月24日

捩レ飴細工

○蜜人形の消息はいまだ知れない。○蛸の5番、スピロヘータソナタが奏でられる頃。スパゲッティソースストリートの狢部屋のベッドで、 砂糖菓子の靴の一方が発見される。○象鐵路模型的線路一樣地複雜互相纏繞的不能數的屍體的謎。○ミカンの鳴る丘で世界の崩壊を叫ぶ14才。 ○ふかひレの秘密が今暴かれる。
【げんの・しょうこ先生】
じつに良い脱ぎっぷりです@50点。
【いわしのふとんあげ】
はんぺんの間にイワシを3匹はさんで竹串で固定キツネ色になるまで揚げる。パン粉をまぶしたり玉子をつけてはおりません。
【イノシンさん】
あまり上等でないクサの味がする。
【ミツカンないポン酢】
従業員全員大食いのキャバクラ中華。こりゃHELLぞね。たまらんばい。
【エロクールビズ。】
本年度最強の半透明!
【モヘンジョだろ? みたいな…】
フライフィッシングで遭難。飲まず食わずで2週間。>>>>>>越えられない壁>>>>>>フィッシング詐欺で1年4ヶ月の実刑判決。
【アル中学生】
『鍋の具はお麩になる』をしのぐ感動。もうサイコー。
【♂♀】
寝る前に『カーマスートラ』なんか読じゃいけませんってお母さんに言われなかったのかよカモノハシ!

 

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何の音だ

 俺は知らない。妻がなぜ殺されなければならなかったのか。
 逮捕された男は裁判では一転、殺意を否認した。黙らせようとして口を塞いだところ、指を食いちぎられたので、 かっとなって殴りつけたのだと。
 妻の顔は見る影もなく変形していた。顔中血だらけでだったが、噛みちぎった男の指を、妻はしっかり呑み込んでいた。 犯人が逮捕されたのはその指紋のおかげだった。
 俺が家に帰った時聞いた雨だれのような断続音は、テーブルの上に仰向けになった遺体から流れた血が床に滴る音だった。 妻の血はまだ温かかった。
 その音が耳について離れない。
 俺は傍聴席で耳を澄ませた。聞こえる。
 俺の心臓が脈打つ音だ。裁判官も、傍聴席の記者も、弁護士も、やつも、まだ生きている。妻は死んでもういない。
 五年後、俺は出所した男の後を追った。暗がりで拳銃を突きつけ、
「お久しぶり」
 俺はやつの顔をつかみ、口に指を突っ込んで、言った。
「さあ、食いちぎれよ」
 その時のやつの顔ったら。
「だいじょうぶ。消化する前に、殺してやるさ」
 殺人罪で逮捕された俺は被告人席で、また耳を澄ませた。
 俺の心臓が脈打つ音。弁護士の、検察の、その他大勢の。だがやつのは聞こえない。
 俺は殺意を認めた。

 

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2007年06月18日

間に合わない

 メロスは自殺した。
 妹は離婚した。別れた夫は町の娼婦の館で二輪車プレイの最中に腹上死した。
 暴虐の王は国中の踏切から遮断機を取り外させ、警報を鳴らすことも禁止した。
「渡れると思ったら、渡るがいいさ」

 

 

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2007年05月21日

這い回る蝶々

 奥さんが窓を開けます。その腕は白いです。解き放たれた白い蛾が明りに誘われてまた部屋の中へ戻ろうとすると、ピシャリ!  奥さんは窓を閉めてしまいます。白い蛾はもう生まれた場所に帰れません。あの白い腕が故郷です。もう一度あの白に溶けてしまえるものなら、 僕は白く大きな羽で空気を押して舞い上がる一匹の蛾になってしまっても構わないとさえ思うのです。強烈な臭いがします。 アンモニアの混じったきつく甘い香りです。あの窓は浴室でしょうか? 意識が白く溶けてしまいそうな奥さんの体臭は、 あの窓のあたりから漂ってくるのです。ああ! でも僕は蛾には成れません。意識の昼に閉じ込められて、夜は遠く、この地上からは一ミリも、 舞い上がることだってできはしない。


 

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2007年03月21日

チョコ痕

「わたしはあなたを殺したい。あなたがいなくなってはじめて、わたしはあなたを愛せるだろうから」

 差出人不明の手紙には、赤茶けた指文字で、意味不明の痴言が記されていた……心当たりは……無論ない。 冗談や偶然でも他人から好かれる覚えはまったくなかった。
 血で書いたのでないとすれば……
 おそらくバレンタインデーに振られた女が悔し紛れに、無作為に選んだ相手に送りつけたのだ。
 するとこの文字は手作りチョコレートの残り物か。受取拒否を涙で溶かし、指にへばりついた口惜しさ、煩悶に血迷い狂った徒然に、 こんな物を書いたのだと考えれば、たとえ逆恨みでも、せつないような……なんだかひどく愛おしい。
 鼻を近づけて嗅いでみる。
 かすかに甘い……ような気もする。
 差出人は不明。
 たぶん相手もこちらが誰だか知らないラヴレター。
 この先も決して出会うことはないだろう。
 いずれにしても初めて貰った……しかも季節外れの……バレンタインチョコなのだから……そう思っている方が幸せだ。

 


 

 

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2007年02月09日

日の出食堂

 港ではストライキの間に起重機の天辺にハヤブサが巣を作っていた。
 本日。営業再開。
 A定食 百二十八食。
 B定食 二百八十食。
 以上。まあこんなものだろう。初日でもあるし。
 港湾労働者の皆さま方。ご来店お待ち申し上げております。
 シャッターを閉じて、歩いていると霧の中で迷ってしまう。
「おーい」
 声がした。
 仲間の声だと思うが、十数分前に自分が上げた呼び声のような気がしなくもない。声には澱んだ水で漉したような反響が纏わりついでいる。
 ナイフを取り出して、分厚い夜の表面を削り取る。
「味見してみて」
 死んだ妻の声が聞こえる。
「どーお?」
「うーん」
 今晩の素材は漸進性のブルーグレーか。やや渋い。
『豚の餌には感覚麻痺剤が投入される。満腹感を得られず、より肥え太るようにするためである』とアリストテレスは言ったが、かつては港湾労働者にも否認薬が配られていた。一種の命令忌避剤で、とりあえず命令には逆らってみるものの、結局は肯定するように反応する。意識とは裏腹に行動を制御するのだ。食品素材にも混ぜられていたという。
 日の出食堂で港湾労働者が食べる料理には、今は夜の欠片が入っている。
 明日の午後には船荷が着く。
 ハヤブサの巣はどうするのだろう?


 

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2006年12月09日

冷気

 僕と彼女と彼と彼。毛剃中学の同級生。眉毛も髪も腋も脛毛も。男女を問わずマルガリータ。急行列車が止まらない最寄り駅を見下ろす小高い丘。急勾配の坂の途中。橋の上。坊主頭を風にさらして。漣の立った川面。彼が投げた石がどこまでも水を切って跳ねてゆく。垂れてきた洟をすすって、彼女は言った。「楽しかったね」もう帰らない日々。「この冷たい手を覚えておいて」愛しい君よさようなら。バリカン戦争の余波で(鋏と剃刀しか使えなくなっていたので)学期中断のお別れパーティー。僕らは全財産をはたいて注文した大量の肉料理を食い散らかした。フォークとナイフは肉を掻き回すための道具ではない。「ねえ。知ってる?」もちろん知ってる。彼は孵化しない卵の弔辞で即席の足跡をでっちあげ、我々自身の若すぎる死を惜しんだ。彼女は尋ねる。「まだ剃るの?」たかが、授業が出来ないだけだ。(鋏と剃刀しか使えなくなっていたので)髪剃りは痛い。でも、それが毛剃魂じゃないか。
「不器用なんだから」
 一本の絆を鋏でチョンと切る。手品じゃないので元には戻らない。
 耳がちぎれそうだ。欄干も手も顔も(コンクリート橋桁の鉄骨遠くで駅を通過する列車も窓も)同じほど冷たく、僕らはみんな凍えていた。

 

 

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2006年12月04日

殺人主義の歴史

 間違ってはいけない。超短編は短いのではなく、薄いのだ。時間の砂が流れる透き間を遡れるほど極薄。
 長編小説が擬似的な三次元を構築して人生の意味を追求している間に、超短編には何ができるだろう?

 古来「何でそんなことをしたのか?」と言う問いに納得できる答えはない。

 何でそんな建築物を建てたのか。何で殺したのか。
 善良なヨブに無数の災いをもたらした神も答えたことはない。

 理由のない行為を抑止することは不可能だ。

 長編小説とは既に起こってしまった、取り返しのつかない事に関する物語だろう。殺人は起こってしまったのであり、ミステリーの主人公が謎を解き、犯人を捕まえてもそれは変わらない。時間の不可逆性が起こす悲劇の周りをぐるぐる回っている。
 断片ではなくて薄片。断片は歴史だ。歴史は失われた時を捏造する。

「生きているだけで十分幸運なのにこれ以上の運を望んで、それでどうしよう?」


 

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2006年10月30日

夜夜半

 微かに呻くような音が聞こえる。
 さっき止めたばかりのバイクのエンジンはまだ熱い。が、唸ってはいない。あの緑の非常灯? ではなさそうだ。ジージーという連続音ではないからだ。蝉ではない。なんだか歌うような、消え入りそうな、そう、声だ。人間の声だ。
 バイクのトランクに恋人をしまいこんだまま、すっかり忘れていた。


 

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2006年10月13日

指紋と薬


    全指紋採取を今秋開始=入国審査、08年末までに完全実施−米
             (時事通信)2006年9月9日13時0分

 アメリカ政府に指紋データなんか採られたら、知らないうちに謎の殺人事件の犯人にされていそうで怖い。あるいは第二のオズワルド、ヒラリー・クリントン大統領の暗殺犯か――

 テロにつける薬はない。ウィルス感染症と違って患者の体がなくなってもテロリスムは滅びない。たとえ捏造国家が滅び去ろうと――いやもうすでに滅びかけているではないか、アメリカでは全土に狂牛病が蔓延し(レーガンがアルツハイマーでなかった事実はかろうじて隠しおおせたものの)、人々はくるくるパーになった頭でブッシュに投票したり、借金して家を買ったり、ビル・ゲイツの慈善事業に喝采してみたり、……こんなふうに、いつもの調子で「イスラム原理主義者やネオコンは水虫のように根治しがたい。ところが水虫の特効薬を打つとあらふしぎ、狂牛病患者がたちまち回復。それどころかネオナチやKKK、民族主義者や数少ない共産主義者の生き残り、全世界のありとあらゆる狂信者たちと思想の病が完治した。ボケも狂信も病根は同じでプリオンの増殖でも脳の萎縮でもなく疥癬菌の一種が蔓延っていたのだとは」とここまで書いた時に、はたと気づいた。
 あろうことか! 私の物語る才能が消え去っていた。水虫の薬か、それとも嘘から滲み出た真実のエキスが作用したのか、書いているうちに治療されてしまったらしい。
 大変だ! バカにつける薬はないが、フィクションに効く水虫薬が存在するとなれば、バカも利巧も絶滅する。
 信仰が虚構なら、夢も真実もつくりもの、行為は夢幻と消え、水虫は蹠と指の股に巣喰う虚構の大伽藍、萎びた空中楼閣は虚構物質が破壊されるとたちまちにして雲散霧消、そこかしこで人々を虐殺してやまないテロリストも軍隊も喧しいだけの幽霊と化した。
 世界はまだ存在した。だが早晩、幽霊に浸蝕されてしまうだろう。真実でしかない幽霊はもはや宿主を殺して恥じないウィルスのように容赦ない。


 

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2006年10月12日

夜の観察会

 汚イゾ。
 ソンナトコロデオレヲ見テイルナンテ。
 オマエハ一体ダレノ目ダ?

 天井に開いた節穴から、わたしはあなたを見張っている。あなたのすべて、一挙手一投足を。わたしの耳が安らかな寝息を聞くまで。

 仄暗いピアスの穴から見張っている。あなたが町を歩いていても、耳に穴をあけた女の子がいる限りわたしにはあなたのことが全部わかる。

 オレノイナイ空っぽの部屋には、太陽風に凍える夜が身を潜めている。

 夜がそのはためく巨大な耳をひるがえすと、漏斗状に抉られたピアスの穴は白く光る満月となって、オレヲ眺メ下シテイル。

 ツマンナイTVの前にはダレモイナイ。

 オレノ子ヲ孕んだオマエハ――ソシテ膝ニ抱エル我ガ子ノ幻ハ――、かつて見たどの夜よりも美しい。


 

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