2013年02月04日

ひかり町ガイドブック − ルール試案、お願いなど

1.架空の町。地誌は確定していない。名称はひかり町。

2.ひかり町の【名所旧跡】【自然】【祭り】【あそぶ】【さわぐ】【絶景】スポットなどを紹介するガイドを書く。

3.ガイドに記された場所や物事にまつわる物語を書く。 
  詳しくは「日記アメンチア」(タカスギシンタロ)のここここを見られたし。サンプル作品もあってわかりやすい。

4.他人の書いたガイド部分に、自由に物語を繋げる。物語からガイドを派生させるのも、ガイド部分のみ書いて、誰かが続けて物語を書いてくれるのを待つのも有り。
  どうせガイドは互いに矛盾している。必ずしも忠実に設定を踏まえる必要はない。
  わざと間違えて続けたり、誤植をまじえ、用語を変え、物語からガイド、また物語へと横断し、偏移を重ね、パラレルワールドを跳躍して、全宇宙に偏在するひかり町を拾ってゆけば、――そう、どのように言えばいいのだろう。これはつまり、なんとなく何とかなりそうな気がするだけの一種のアンチ・アンソロジーであり、決して作品を選ばない。ただ複数の作者によって書かれることが重要なのであり、話の巧拙、レベルの高低とか、出来の良し悪し、ジャンルの如何など、参加する意志以外のものを問わない。

5.掲載分については伏せておくのが礼儀かなとは思ったが、冊子の方はレイアウトや挿絵も付いてひとまとまりの別物だし、ミステリじゃないんだから、ネタバレでつまらなくなるようなものでもないと判断した。
  わざと公開しない手もあるだろう。隠し札と言うか、掲載作を歯抜けにしておいて、勝手につなげた作品群と公開されたボツ作から想像させるなど。
  やり方は色いろある。単純な方法がいいとは限らない。
  でも人生は短い。取り急ぎ、はじめることが肝心だ。
  ひかり町がひしめく無数の物語で膨れ上がり銀河のように渦巻く姿を見ずに死にたくない。 
  ――結果が、棟割長屋程度にしかならなくても、それは一向にかまわないのだ。

6.以上は「ひかり町ガイドブック」作品募集企画を延長したものですが、主催者および作者各位には許可をとっておりません。
  すべて事後承諾となります。
  ひとたび発せられた言葉は公共のもの(まして私信でもつぶやきでも密室の談合でもない、作品です。作品は作者だけに属するものではないと考えます)、一方的に思いをぶつけたり、怖がらせたり、苦しめたり、楽しませたり、悲しませたり、和ませたり、傷つけたり、惑わせるだけでなく、言葉は対話するためにある、と考えるからです。相手の反応を限定するのは対話とは言えないでしょう。(←どう? なかなかカッコいいでしょ。目一杯気取っちゃったんで恥ずかしいったらないが) 感想を述べたり批評するかわりに、物語で対話すると考えてもらえればよろしいでしょう。物語が物語の谺を返す。返ってきた谺がまた新たな場所を見つけ出す。谺に妖精が異なる声をかぶせるように、声に声が重なって、囀りもせせらぎも咆哮も巻き込んで、森と谷と山のあわいに複数の声が響くのを聞けば、少しばかり幸せな気分になれるかもしれません。
  各作品の著作権はあくまでその作者にあり、設定や登場する事物を流用したとしても「名のある作品とその二次創作」のごとき従属する関係ではなく、あくまで対等に、並列的に、独立して存在することをここに認め、それぞれの作品並びに作者を傷つける意図がないことを宣言する次第です。
  もし勝手に繋げられては迷惑だ、一緒くたにされるのは嫌だ、という作者の方はお知らせ頂ければリンクを外します。

7.不狼児がここに公開した作品については自由につなげて頂いてかまいません。

8.お知らせくださればリンクを張ります。

9.どうせ否定するなら新たなものがたりを書き加えて否定してくれると嬉しい。

10.あと、何かあったっけ。

そうだ。以下に「ひかり町ガイドブック」の投稿作没作新作含め当方が見つけたものを勝手にリンク。

     タカスギさんち       
     空虹さんち       
     オギさんち                                             
     砂場さんち            
     脳内亭さんち
     いさやさんち   
     氷砂糖さんち     
     りきさんち   
     はやかつさんち   

 



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2012年05月06日

ひかり町ガイドブック・別冊グルメ特集 「予告編」

  人間は食べ物によって規定される。
  ひかり町で食べられる物はひかり町の根幹を形造る。
  明治以降の日本の歴史は食事の肉化の影響抜きには考えられない。また昭和半ば始まったインスタント食品の時代が、その後の社会生活をどのように変えたかは皆さんがご承知のとおりだ。
  人間は自らが発明した食べ物によって人間になる。社会変革はそこから始まる。戦争もまた。
  何を食べているかが重要なのだ。豚肉を食べないイスラム教徒と豚肉を食べるキリスト教徒の争いは言わずもがな。両者の間に融和はない。血を抜いた肉を食べ乳と混ぜないユダヤ教徒が割って入っても争いは激化するだけだ。クジラもイルカも食べないアメリカ人はどちらも食べる日本人を決して許さないだろう。
  人は生活を変えようとする時、食べる物を変える。種種雑多、ありきたりなものから奇怪なものまで。ひかり町の美食の歴史は人間の変革可能性を示す格好の見本である。

posted by 不狼児 at 16:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ひかり町ガイドブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月02日

ひかり町ガイドブック 「濡れた指の女」

【パワースポット】

      「再生塚」
  再生塚には高さが人の背丈ほどの暗青色をした自然石が立っている。仄かに光を放つところから以前は殺生石とまちがわれていたが、実は再生効果がある。誰のだかわからない拾い物をかざすと、持ち主の姿が鮮やかに浮かびあがる。駅員は毎日のように集めた忘れ物を自転車の荷台に乗せて現れては、持ち物と浮かんだ主人の映像を写真に収めて戻ってゆく。故人の持ち物でも生前の姿がもれなく浮かぶので、それを目的に訪れる人も多い。


【ものがたり】

      「濡れた指の女」
  指を拾った。女の指だ。爪はきれいに剥がれてしまっていたが細く、しなやかで、死んで紫色になっているのに柔らかい。たぶん薬指だろう。うっすらと指輪の跡が残っている。
  再生塚に行って石にかざしてみたが、生前の姿は浮かばなかった。
  肌身離さず持ち歩いていると、切断面から肉の芽が生えてきた。
  芽は順調に育ってこぶし大に膨れ、紫がかった肉の球体から突きだした肌色の指先を触ると、びくびく動いた。
  やがて持ち歩けないほどに成長した肉塊は徐々に形を変えてゆき、胎児のように丸まった女の形になった。女は目をつぶり、体を縮めたまま、薬指を曲げ伸ばしして、わたしを求めた。まぶたの下に透ける眼球がくるくると回転して、夢を見ているとはっきりわかる。なかば開けた唇から覗く歯がわたしの指を噛もうとする。
  女の体がつやつやとした血色を取り戻し、少しずつ髪の毛が乾いて、皮膚呼吸に汗の発散が甘酸っぱく漂うようになった頃、目を開けて、女はもういちどこの世に誕生する。
  鼻腔を広げ、唇をすぼめ、一気に息を吐き出すと、女はわたしの妻だと主張した。
  涙はとめどなくあふれて川になり、思い出を水に流した。

              (不狼児)

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2012年03月11日

ひかり町ガイドブック 「地図にない町」

【隠れ家的スポット】
      「ふうせん横丁」
【ものがたり】
      「ふわり、ふわり」
              (加楽幽明)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載

 

【ものがたり】

      「地図にない町」
  風船横丁の上には電線横丁が重なりその上に空転横丁が寝そべっている。左にフーテン横丁。右にはゲーセン横丁。先へ進むと空戦小路。三階から飛び降りて点線横丁へ。反戦矛盾商店街の突き当たり、当然広場では、ナイフ陽一とピストル陰左衛門がひとりの女の浮遊権を賭けて決闘した。
  慣れぬ荒野の白袴。武器はまた昇る。
  ふわり、ふわり。小さな明かりが宙を舞う。
  ホタルのオペラ。このあたりでは絶滅したはずの――
「母さん、この酒は強いね」
  光で歌う無音のドラマ。
「母さん、あの帽子どこへいったんでしょうね」
  護岸で強姦、複数の高次ニンフに埋め立てられて暗渠テ・デウム異父兄弟。初めて合わせた血まみれの顔と顔との思い出を、今また再び血で洗う。

              (不狼児)

*参照「ホタルの木跡」 (タカスギシンタロ)
         「ホタルの楽園」 (オギ)

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ひかり町ガイドブック 「防御の環」

【文化施設】
      「光の美術館」
【ものがたり】
      「投影」
              (加楽幽明)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載

 

【文化施設】
      「光の美術館II」
  光の美術館は誘蛾灯だ。我こそはと自らを頼む学芸員が、影と光の芸術に惹き寄せられるように集まってくる。学芸員は何でも言葉にしたいのだ。だから壁もガラスも防音防水で光だろうと影だろうと、擦過音一つ、外に漏れる気遣いはない。
  隣には本物の絵画と彫刻の美術館があって、入場者数ははるかに多い。静かに鑑賞できるととても人気が高い。
  名前もなくどこにも紹介されないのは、学芸員をダミーの方に向かわせるためである。

 

【文化施設】
      「空中浮遊美術館」
  誰にも触られず、目にも止まらないように、空中に浮遊する美術館。梯子を掛けようとしても届かない。絶対隔離は人類に蔓延する愚かしさから美術品を守るためである。ナチの欲望と商業主義の陰謀から美術品を守りおおせた関係者も、今度ばかりは逃れられない、と一時は覚悟したそうだ。
  これ以上の危機はもうあるまい。
  いずれ大洪水が地表を覆い尽くすほど高まれば、箱舟に乗った誰かが人類の遺産を回収しにいく。

 

【ものがたり】
      「絵画泥棒」
  学芸員は美術館の寄生虫だ。鑑賞は目を閉じて思い浮かべるものだのに、学芸員は作品を端から蝕み蝕み言葉の滓にして吐き出してゆく。絵画や彫刻はいつしか空洞化し、幽霊に。あとには僅かな木屑しか残らない。なんて旺盛な食欲! 一人で数十万匹におよぶ白蟻の共同体。学芸員が作品に遺した虚構の判読。目を閉じれば思い浮かぶ情景を、尽きることない戯言が完膚なきまでに破壊する。
  今夜も老いた泥棒紳士は美術館から一枚の絵を救い出す。

              (不狼児)

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ひかり町ガイドブック 「光ぞめき」

【芸能】
      「ひかり寄席」
【ものがたり】
     「ひかりぞめき」
              (すぎやまあつし)


【ものがたり】

      「光ぞめき」
  ひかり寄席の地下は人足寄場になっていて、最下層にある二十余りのボイラーに囲まれた三和土では刑務所から送り込まれた囚人が半裸で釜に石炭をくべている。石炭といっても黒くはない。光炭という星型をした桃色の化石で、正体は太古のこの地に棲んでいた植物性の小人らしい。
  ひかり寄席の観客は一種の外燃機関であり、舞台を見て、ではなくボイラーで焚かれる蒸気によって爆笑する。
  席に着くと気づかぬうちに肛門へ細管を挿入。客なら誰も彼も無差別だ。体内に入った水蒸気はかまびすしい笑いとなって口から飛び出す。光炭で焚いた蒸気でしか、効果はないのだ。

  ひかりたんが
  わーらった
  こー
  くすくす

  観客は自分が笑っていることを知っているので舞台が面白いものと信じて疑わない。談死も死ん朝もそうやって笑いをとってきた。
  光炭が尽きれば、ひかり寄席の笑いは死ぬ。 

              (不狼児)

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ひかり町ガイドブック 「狩場」

【交通】
      「ぐるぐるひかりロード」
【ものがたり】
      「狩り場」
              (葉原あきよ)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載


【ものがたり】

     「狩場」
  夕ぐれ、遊歩道には人影もない。木々は黒く枝を伸ばす。道をそれると三日月も隠れた。
  何だか知らない場所だ。迷って聞く鴉の声は物寂しい。耳を澄まし、幾度首を回しても、違った方角から聞こえてくる。カア、クゥ、コウ、コワ、とそのたびに調子を変えて、愚弄する。
  闇の濃い木立を避けて歩いていると、足はいつのまにか湿地に踏み込んでいた。
  大きな魚がたてるような水音が、背中を撫でた。
  振り返るとそれは魚でもひきがえるでもなかった。
  背の高さからいって子どものようだ。裸で、一瞬は魚かと思ったのが不思議なくらい、魚らしい部分は欠片もない。顔も姿形も人と変わりなく、ただ肌の色が、白っぽいというよりごく薄い、鮮やかな落ち葉色で、それが身をくねらせて泳ぐさまは暗い水にも奇妙なことによく映えた。
  こんなに暗いのに、まだ水遊びとは。
  するっ、するっ、と水草のあいまを縫って器用に泳ぐ。
  ふと、見失う。
  気づくと、真後ろの蒲の穂の下から顔を覗かせていたのはさっきの児だ。と思ったのは瞬く間。胸に跳び乗り、押し倒し、菱の実ように尖った小さな歯が並ぶ、あどけない口で俺を咬んだ。
  恐怖のあまり漏らしていても下半身がずぶ濡れなので平気だ。それが一面に滲みだした血だったところで、これだけ暗ければ、誰からも気づかれはしないだろう。
  ようやくたどり着いた駅前で、待ち合わせた友人たちに彼は語った。
  さんざんな目にあったよ。こんなわけさ、と。
  見ろよこの歯型を。
  手首と、頬と、はだけた胸に、うっすらと色づいた咬み跡が見える。

              (不狼児)

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2012年03月04日

ひかり町ガイドブック 「町長記」


      「町長記」
  初代は狩野雷電氏ならむ。以下に記す。氏は抜け目なき人なり。時の権勢に寄生虫(とりいり)しこたま私腹を肥やしける。若くして妻を娶りて、三人の男子をなし残さず里子に出し猫犬(たまゐぬ)。家領に人里を離れし山奥あり。俗世を倦じて隠遁せると。人の噂真にあらず。狩野氏が妻しの女(じょ)、愈々美しく在らむとて光鹿の肉鱈腹喰らひ、喰ひに喰ひ喰ひ飽きて、病みて、あさましくも身の丈八尺百貫に余る大女と成り果つるこそ悲しけれ。起つも坐るもままならず、肉蒲団伏したるままに肥え太り、やがて口腔泡を吹き喘ぎあへぎして云ひしは、我かかるほどに病みたればこの先永らうべうもあらず。末期の希叶へさせ給へ。主人いかなりともとて問はば、妻、生きた童子を喰いたしと。主人悩みつるもしの女が希叶へんとて賤が屋に隠れにけり。密かに幾たりかの童子を捕らへ活かせしままに喰はせ猫犬。血の潮(うしお)乳房に千の川をなし。さわさわと小さき掌足裏散り惑い逃れんとてもむなしく、歯に挟まりし肉のぴいぴいと涼しき音を上げて、葉叢の雀ごと若木一本呑み下せし思い。無残也。およそ十月に百ばかり喰らひ終へて、しの女一命をとりとめぬ。往時予は光灯寺の小僧なれど師に随ひて茅屋を訪い、しの女のあさましき姿見て甚だしき恐懼覚へたり。乳房の脇、腹の外、余りたる肉の十重二十重に折り重なり、首は埋もれて口もえ開かず、尿(いばり)垂れる儘、夥しき汗の落ちぬるは山狗(やまいぬ)の臭気して堪へがたく、打ち乱れたる髪のしとどぬれたるさま、白き肌えに粘りつきからみて肉を抱(いだ)きたるけしき、この世のものならず。世話しつる人もどうようの赤裸汗みずくにて、見ればこの家の主人なり。肌黒く蓬髪長くして髯鍾馗に似たり。肉叢(ししむら)比肩を逞しくして、足短く、衣脱ぎたれば正に狒々(ひひ)なり。主人和尚に云ひけらく、人に告げ給ふことなかれ。此度のこと妻の咎にあらず。我情に応へむ珠の所業なり。人生まれ乍らに病めり。我ら唯生来の病の時を得て妄を払うに至らざるなり。二度日の目をみること能わず。この地を終の栖と成さん。しかれどもかくの如き化生、世には他にも多かるべし。師曰く、性残虐なりとて放擲せば怠惰なるものを長じて咎人たりしは、良く成れ、育て、盛んなれ、とおせっかいなる善き導きの弊害なり。無為より外の悟りなし。生殺与奪は神の御わざにてあらん。耳には師の称ずる念仏のみ聞こえて、春の雪のとけて泥にまみゆるを、蛇の骸(むくろ)うち捨てられたる心地して吐気をぞ覚ゆ。

              (不狼児)

  *参照 「光灯寺」  (峯岸可弥)  
           「禁猟区の蜜月」  (不狼児)
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ひかり町ガイドブック 「無量光寺の人面犬」

【パワースポット】

      「無量光寺の人面犬」
  無量光寺は寺と言っても寺院ではない。住職も宮司もいない。
  十坪ばかりの小さなお堂で来世の守り札を売っている。本尊もしめ縄も賽銭箱もない。手数料を払うと来世の自分が指紋を押した証文をくれる。指紋は当然今の自分とは違うので、本物かどうかはわからない。
  一家族がそこに住んで取り仕切っているが、駐在さんと同じで祭事を委託されているだけだ。詳しいことは何も知らない。
  お堂の前につながれているのが人面犬だ。口はきけるがあまり話さない。飼われているのは確かだがそもそも人面犬が無量光寺と家族のどちらに属するのかは話に聞いたこともない。

*参照「南斜面の牛畑」 (不狼児)
         「仔牛の季節」 (オギ)

【ものがたり】

      「しびれくらげ」
  無量光寺の池にはしびれくらげが棲んでいる。
  ある日、一匹の人面犬が水を飲みに池に近寄った。しびれくらげは来世の人間の意識のかけらだ。ふと前世を顧みた時に、落としてゆく。空を時々大きな顔がよぎるのがその証だ。振り返り、また向き直り薄れてゆく、顔からちぎれて雲のように漂う意識のかけらが水に落ちて、しびれくらげになる。
  人間にとって未来は毒だが来世はもっと有害だ。もし他の場所で殖えたら、と思うと、気が気でないのは僕だけではあるまい。
  しびれくらげが人と間違えて人面犬を襲う。すると人面犬は平気でくらげを呑んでしまう。 
  犬の糞になったしびれくらげは人間にとっても無害だ。

              (不狼児)

*参照「空飛ぶ円盤」 (不狼児)

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ひかり町ガイドブック 「三流旅館」

【宿泊施設】

      「三流旅館」
  ひかり町で最も古くからある一画。煤けたような木造の家が建ち並ぶ。掘割の蓋はまだ板だ。物干し台には植木鉢。煙草屋の店先にはダイアル式の公衆電話が置いてある。ガタガタと音をたてるガラスの引き戸。軒先で釣り忍が金色の葉を垂らす。旧街道沿いに立つ里程標は長い年月に石が削れ、書かれた文字は気まぐれな影が張りついた時だけ浮かび出る。地区の外れに、同じく木造だが三階建てのひときわ大きなその旅館がある。看板はあるが普通の人はまず気付かない。「三流旅館」は一流二流の三流ではなくてミツルと読む。屋号の由来はその昔ここまで海が入りこんでいて、潮が満ちると沓脱ぎが濡れたからだとも伝えられる。もてなしは三流どころか料理は特級。全館和室で、部屋はさして広くないものの霞がかかったような渋い佇まいが心地良い。「ただし出る」というから、実際に泊まったお客に訊くと「そりゃあ出るさ」と断言するが、何が出るかは教えてくれない。

【ものがたり】

      「厠の璃子(かわやのりこ)」
  白熱電球を呑んで死んだ女の幽霊が便所に現われて、「もどしてもくだしてもどうやっても物凄く痛いの」と訴える。衣服の上からもお腹の部分が透きとおるように赤く光っている。おそらく電球にコードが付いたままだったんだろう。

              (不狼児)

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2012年02月29日

ひかり町ガイドブック 「引越し症候群」

【おみやげ】
      「ハレさん水・ガネさん水」
【ものがたり】
      「あまからブギウギ」
              (穂坂コウジ)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載(ここにも)


【住まい】

      「枯山水と鋼の家」
  災害や犯罪、経済恐慌から逃れ、安全に暮らしたいからと、ひかり町に移り住む人もいます。 
  「枯山水の家」 はどんな洪水や大津波に襲われても一瞬ですべての水を干上がらせてしまう家。「鋼の家」は地震や火山はおろか隕石の落下にも耐えられる。ただしどちらもミニチュアで、実際に人は住めません。
  「ガレバモドキ」という囮の家はやはりミニチュアですが、起こった災難をひきつけると、身代わりになって果てしなく砕け続けるという話です。
  どこに住もうと同じことですね。
  ひかり町はそれがわかる町です。

 

【ものがたり】


      「引越し症候群」
  彼は足の裏に奈落を持っていた。同じ所に立っていると足元に徐々に奈落が開いて、落とし穴のように落ちてしまう。だから彼はひとつ所に長く住んでいられなかった。
  ある日、転入届を済ませた役場の前で死の商人と出会った。死の商人は字義通り死の商人で、彼に死を買わないかと持ちかけた。
  おいくらで?
  あなたの命とひきかえに。なにご安心ください。今すぐ死ぬわけではありません。あなたが死ぬ時が来れば、死が有効になるだけです。それまでは今までどおり、あなたは命のかわりに、死を生きるのです。
  死はどんな生き心地なのでしょう。思えば数々の身の不運は生きていることの証でした(まだ生きていると証明してみせるために、何度となく、這い上がったのかもしれない)。
  同じですよ。生と死は表裏。不運も幸運も訪れるのは否応ない。しかし死は時と場所を無効化します。そうですね。以後決して、あなたの足元に奈落が開くことはありますまい。

              (不狼児)

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2012年02月26日

ひかり町ガイドブック 「人魚売り」

【自然】
      「人魚岩」
【ものがたり】
      「人魚の休日」 
              (オギ)


【ものがたり】

      「人魚売り」
「にんぎょー、エー、にんぎょーォオー」
  人魚売りのおじさんが声を枯らして叫んでいる。
「どうせインチキだよ」
  そうは言うけど。
  夏の昼下がり。路地はうだるような暑さで、日陰に入っても汗はなかなかとまらない。僕はおじさんを呼びとめた。
「エイらっしゃい」
  天秤棒の両端にぶら下がってる馬鹿でかい桶の寸法は半端じゃない。
  桶の中には若い人魚が体を丸めて収まっている。
  蓋をあけると、顔を上げた。
「あっ」
  と思うと人魚は僕の手を捕まえて桶の中に引き込んだ。桶の水は浅いはずなのに、蓋がしまっても中は明るく、水面は広い。足がつかないのに浮いていられるのは、人魚が支えてくれるからだろう。
「お願いがあるの」
  僕は人魚をかついで天狗岩を登った。
  天狗岩は岬で一番高く、海の上に突き出している。四方は海鳥が巣をかけるような断崖だ。
  暑い。かつがれた人魚も暑いのだろう。人魚の汗は清澄な海水のようだ。霧となって漂って、僕の額を涼しくする。
  海はいつになく青い。波は静かで、水平線までわずかな白波しか見えない。日差しは強烈だ。
  ようやく頂上に達して一息。
  肩の上では人魚が身を乗り出す。
「ああいい眺め」
天狗岩のてっぺんから、人魚はくるくると回転しながら尾を振って、はるか下方の海に向かって飛び込んだ。
「ありがとう」
  海辺にはもう夕方の涼しい風が吹いてくる。

              (不狼児)

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2012年02月23日

ひかり町ガイドブック 「禁猟区の蜜月」

【あそぶ】
      「リアル・スノードーム」
【ものがたり】
      「サマー・ノイズ」
              (空虹桜)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載

 

【ものがたり】

      「禁猟区の蜜月」
  ブランコ・シカニック氏はひかり山レジャーランドの設計者である。この辺りはもともとヒカリジカの生息地だった。古来より肉が美味、かつ食べると内部から肌が光り輝くように美しくなると信じられ、乱獲により絶滅寸前。あとを絶たない密猟者を遠ざけるため、アトラクションは森の合間に生態系を守る砦のように配置されている。
  シカニック氏のメカニックはシニカルでコミカル。よく整備されたアトラクションは密猟者を罠にかける。来園者が歓声を上げるのはもちろんのこと。
  たとえば一人乗り用ブランコ。冬には本物の雪の天蓋からぶら下がったように見える小さな座板の上で、たった一人。客は孤独な思いに胸を絞めつけられるかもしれない。一面に広がる人工濃霧がムードを高め、キリキリと凍える軋みを上げながらワイヤーが撓んで、ブランコが大きく弧を描く。雪原すれすれをかすめる時に、雪煙が立つ。
  数匹のヒカリジカが客の頭上を飛び越えるのだ。
  雪の光に、まるでほのかに透けるようにカリジカの肌が照り映えて、忘れられない一瞬となる。何かがぶち当たる感触があってもそれは密猟者だ。気にしないでいい。
  ヒカリジカに魅せられるあまり、冬だというのに忍び込む密猟者もいるのだった。だが心配はいらない。
  不審者はたちまち迷宮に入り込む。アトラクションの方ではないよ。罠用に仕掛けられた小さな湿地だ。歩いても歩いても行きつく先はなく、茂みの外には出られない。リアル尾瀬in青木ケ原。その内に水が深くなる。溺れかかって泳いでいる間にシカニック氏のケミカルなテクニックが記憶の雪玉を越境者の中で反転させる。
  雪原に放り出された密猟者は冬を夏だと思い込み、服を脱いで凍死しかかっているという落ち。ブランコに頭をどつかれて目を覚ませば、あわてて逃げ出す他はない。
  同じブランコが夏にはヒカリジカを追う密猟者の首に輪にかけて、見せしめに空高く吊り上げるハンギングロープとなる。
  この時期、シカニック氏に慈悲はない。ヒカリジカが子育てをしているのだ。
  ひかり山レジャーランドの夏は密猟者の処刑場だ。入道雲を背景に、破れた筵旗のような亡骸が陽を浴びて、あちこちで、爽やかな風に揺れている。 

              (不狼児)

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ひかり町ガイドブック 「空飛ぶ円盤」

【おみやげ】
     「ふたごドーナッツ」 
【ものがたり】
     「当たり付き」     
              (砂場)

 

      「空飛ぶ円盤」
  ドーナツの穴を通して景色を見ると時々、空飛ぶ円盤が横切ることがある。ドーナツを外すと見えない。穴の中では糖分と油分の干渉が円盤の偏光防御を無効化し、カモフラージュを解くのだろう。この宇宙はドーナツをいくつも重ねたような構造をしている。一段また一段、ドーナツが連なって管になり管の両端がくっついてまたドーナツになる。中空のドーナツが無数につながってできた宇宙は、内部の空洞を通ってドーナツからドーナツへ移動することができる。
  空飛ぶ円盤は、自分の前世を見物にきた未来人が乗るタイムマシンだ。
  円盤がこっちへ向かって飛んでくる。
  ぐんぐん大きくなる丸窓から覗く赤ん坊のようなすべすべお肌とまんまるな瞳の未来人は、後の世のあなたかもしれない。

              (不狼児)

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2012年02月18日

ひかり町ガイドブック 「アマザキ革命」

【学ぶ】
      「光板製造工場」
【ものがたり】
      「革命前夜」
              (白縫いさや)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載(ここにも)


【ものがたり】

      「アマザキ革命」
  ひかり町第三小学校二年一組、アマザキ・ジュンイチロウはある日、明かりをとるために町中に張り巡らした安物の光板にハーブのスプレーをかけると特殊な光が発生することに気づいた。ハーブの種類によって光も変わる。薄荷の光を浴びると、道理でスースーすると思ったら、身につけたすべてのものが透明になっていた。こうなると服を着ている意味がなくなり、隠し事ができなくなる。給食センターで毒を盛って小学生を殺そうとしても、隠すことができないどころか、透明になったものは存在自体が効力を失うので、毒は毒でなくなって、透明な何ものかがスープに溶けるだけだ。ふしぎと人体は透過しないので体内に隠せば別だが。腹の黒いのはどうしようもない。ジャスミンの光だとあらゆる物体がぶよぶよに、オレガノでは宙に浮くほど軽くなり、セイジではごく薄く皮が剥ける。たちまち、すっぽりと剥けた彼の外皮は自分がもう一人いるみたいに完全な形だ。イラン・イランでは目が見えなくなる。これは危ない。あわてて噴霧したのは、たぶんタイムだったと思うが、光を受けると吸血鬼になる。懐かしい光に濾過された血の味は、母の胎内より好きな世界の太初を思い出させた。ラベンダーは失敗だった。光が当たったとたんに、体毛がズンズン伸びる。髪の毛も眉毛も鼻毛も伸び放題。うぶ毛はなんともならないのがおかしい。ジュンイチロウはあっという間に後ろから見たら女の子、前から見るとインドの修行僧になってしまった。これじゃ困るとハーブを変えてやってみたが、サフランだとあたたかい光が、ライムでは痛い光が降りそそぐだけで、もってきた種類も残り少ない。あるものを試したら、やっと元に戻った。光で起きた変化を全部なかったことにする光らしい。でもそれが何だったのかは秘密。せっかく現実を変えられるのに、元に戻すなんて馬鹿らしい。
  光でできた板は光を出すのは同じだが放つ光は触媒次第だ。色を変えるならまだしも、破壊光線を出そうと考える奴もいるだろう。発明者は安全装置として光板に悪意の匂いを嗅ぎとる分子構造を配置していた。悪意の波動が分子を揺らすと、光還元反応を妨害する。それで想定外の光が発散したのだ。
  町中にスプレーする必要はなかった。ハーブを浴びた嗅覚分子は隣接する分子から分子へ反応を連鎖させる。昨日いろいろ試しただけで十分だった。光板はそこいら中でまだらに光を発し、熱くなったり寒くなったり、裸になったり毛が伸びたりで大混乱。それもまた時々思い出したようにぱっと元に戻るから、原因を究明することもできず、余計に始末が悪い。店もあけられず、自動車も走れず、経済は停滞し、貨幣は価値を失った。人はそれをひかり町アマザキ革命と呼んだ。

              (不狼児)

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2012年02月17日

ひかり町ガイドブック 「キスをする前に」

【自然】
      「羽衣海岸」
【ものがたり】
      「しあわせの星」
              (タキガワ)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載


【ものがたり】

      「キスをする前に」
  天女の魅力にたえきれず、月は砕け散った。泣きながら天女が拾った月の破片は土曜日の海の味がする。

              (不狼児)

 

【ものがたり】

      「泳ぐ空」
  セキレイ、チドリ、ヤドカリも蟹も、潮が満ちてくるとすべては水の中に沈む。いつもは最後まで満ちる前に引いてゆくのでまだ地上は何処かに残されているけれど、ある日、海は退くことを忘れて際限なく突き進むだろう。
  砂浜に坐ってぼんやりそんなことを考えていると、突然、岩場に現れた少年が手を振った。彼が私の幼い息子であってもおかしくない。多分、事実そうなのだろう。
  死にゆく者であることの罪の意識は消しがたい。どうせ死んでしまうので、死んだ後にもまだ残る世界に対して、我々はいつもあまりにも無責任すぎる。
  ひたひたと水が意識に満ちてくると、細かに砕けた月の欠片が惹き起こす不安定な潮の干満が、今この瞬間にも波を高く持ち上げて岩場に襲いかかるのではないか、そう考えて私は軽く身構えずにはいられなかった。

              (不狼児)


          *参照「怪談銀行」(不狼児)                          


【ものがたり】

      「泳ぐ空」
  そもそも「泳ぐ空」は回帰する。永劫回帰とは「よし、そうだ。もう一度」という瞬間の回帰である。一度敗北した不狼児は何度でも、また敗れ去るのである。天女は花を撒き散らし、余はそのつど血まみれで地面に倒れ伏す。劫の敗北がリサイクルされ、「泳ぐ空」はどこにでも現れる。またもや余は失墜する。「とまれ、この時は美しい」余が口にする其の度に。イカロスのように墜落する。ツァラトゥストラのように没落する。月のように砕け散る。劫の人生が繰り返され、悟りはまだかという問いは、姿形を変えて現れる。救いはあるのか。天国は、涅槃はどこだ。「よし、そうだ。もう一度」余は呟く。そして熟れた果実のように地に落ちる。救済はなく、天国はない。すべては同じまま、何度でも繰り返す。永劫回帰の果てもなく、劫の空が重なって、巡る時が来ればいずれまた、空は泳ぐのである。

              (不狼児)
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2012年02月16日

ひかり町ガイドブック 「光の梯子」

【あそぶ】
      「ひかりが丘」
【ものがたり】
      「切り絵」
              (砂場)

 

【ものがたり】

  ひかりが丘にはときどき靴だけサッカー少年が遊んでいます。靴だけしか見えないので、ほんとうにいるのだかわかりません。よそ見をして、ボールを奪われないように。 

            (不狼児)



【ものがたり】

  芝生に寝そべって本を読んでいると、メガネ女子が近づいてきます。メガネだけしか見えないので、覗いているのが女子かどうかは知りません。そいう名前なのです。

            (不狼児)


【ものがたり】

      「光の梯子」
  ひかりが丘のまんなかに光の梯子が立っています。どこまでもどこまでもまっすぐ上に向かって伸びる金色に輝く梯子は、天国まで届いているという話です。

          *

  天に登る梯子の途中で、風に乗って雲の間から降ってくる花を見た。
  かすれた色の花々に触れた。

  もしかして、それは濡れていた?

  ――指が燃えていたよ。

          *

  ひかり町では夢は子どもたちだけのコミュニティです。大人は入り込めない。お伽話は眠りの中で子どもたち自身が話します。絵本はいらない。

              (不狼児)

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ひかり町ガイドブック 「奇計」

【地場産業】

      「南斜面の牛畑」
  ひかり町では牧畜業が盛んです。牛畑には植物性の牛が頭を出して、のんびり光合成をしています。雨が少なく、日照時間の多いこの土地は牛の肥育に最適です。時おりモーモー鳴きながら、肥料を反芻してよく太ります。乳牛は乳房が頭についています。牛が首を振るとブルブルゆれ、小さなツノが何本も生えた、大きなふうせんを載せているようです。地中の下半身から花茎を伸ばし、子牛は頭上に実るので、酪農家にとっても不便はありません。カラスやイノシシの被害にあわないように牛畑にはたいてい数匹の人面犬が飼われています。牛乳が好きでこっそり乳を吸うこともありますが、肥料を喉につまらせた牛を舐めて介抱したりもするので、大目に見られているのです。

【ものがたり】

      「奇計」
  ミノタウロスは迷宮で眠っている。
「今や遅し」
  その夢の中に音もなく歩み寄る、人の顔をした牛が言った。
「おまえはテーベから来る生贄の中の一人の少年の手によって屠られるだろう。愛する妹アリアドーネの裏切りのせいでな。テーセウスはおまえの許にたどり着き、金の糸を手繰って難なく迷宮から脱け出すだろう。おまえには未来永劫無縁な、光射す世界へ――生きるために!」
  暗い穴倉の冷たく動かぬ石壁で背中を支えて、ミノタウロスは眠り続ける。
  人の欲望が俺の体を切り刻む。
  俺は死ぬ。
  だが総てを黒く染めるのは、俺の望みではない。
  やがてミノタウロスは静かに応えた。
「おまえの顔は人の顔か。それでそんなによく喋るのだな。確かに俺は死ぬ。首を落とされて傷口から盛大に血を噴きながら、どう、とこの場に倒れるだろう。しかし俺の血に濡れた迷宮は大地の根を汚し、大地はその草を食む全世界の牛をこの血で染めて、肉を喰った、邪な考えを抱く人間どもの脳みそを片っ端から真っ白に麻痺させるだろう。足腰も立たず、涎を垂れ流し、夫は妻の、母は子の、見分けもつかず、屈辱と糞尿にまみれ、考える力を失い、叶えられなかった欲望の恨み辛みを果てしなくぶつぶつ呟きながら、哀れな末期を迎えるだろう。人間よ。白き地獄のいまわのきわに、せめて闇の底で哂うミノタウロスの声を聞くがいい」
  夢の中で、最後に人の顔をした牛がこう囁いた気がする。
  忘るるな。
  件のこと口外するべからず。
  さすれば予言と共に、おまえの呪いも成就されよう。
「今こそ、牛を喰らう全ての者に災いあれ」

            (不狼児)

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ひかり町ガイドブック 「ビールの指輪」

【アトラクション】
      「世界最小の環状線」
【ものがたり】
      「無題」
              (倉田タカシ)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載


【ものがたり】

      「ビールの指輪」
  小さなルビーの指輪を逆さにすると際限なく深紅のビールが注がれる。白いビールが飲みたければ、雪の女王の瞳の色を文字盤のガラスに映す時計台の時鐘に合わせて傾けると、ジョッキの中に溢れだす。黒いビールが飲みたければ憎き仇を思えばいい。緑のビールが飲みたくなったら、緑の小鬼にお願いすれば木漏れ陽がささやくように溢れてくる。だが本物の黄金のビールが飲みたいなら、自分の脚で山に登って、頂上の周囲を一巡りして、日没を待て。

              (不狼児)

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2012年02月12日

ひかり町ガイドブック 「失われた本を求めて」

【こもれび情報】
      「河北書店前ポスト」
【ものがたり】
      「投函」
                (砂場)
              *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載


【ものがたり】

      「失われた本を求めて」
  書店に入ると、見かけは何のへんてつもない本棚の列。その一隅に『ひかり町ブックガイド』は置いてある。
  著者は藤原不比等。河北書店の店主で、自らも活版印刷で本を出すという奇人だ。
『ひかり町ブックガイド』にはなくした当人すら知らない失われた本の題名と在処、再び取り戻す方法が書かれている。
  タイトル頁をめくると、まずはひかり町の地図が目に入る。簡単な全体図だがそこかしこに踊る、つながり惑わし訴える、不思議な記号に満ちている。
  目次を見てどれが自分の本か探しましょう。すぐには見つからなくても、パラパラ頁をめくっていればその内に、これだと思える本に行き当たる。よく見れば装幀といい、紹介されている内容といい、いつか読んだはずの記憶が蘇ってくるだろう。
  頁を繰る手ももどかしくあなたは走りだす。それがひかり町の路地なのか、握りしめた本の中なのか、誰も知らない。列車に轢かれないように気をつけてという店員の注意にも耳を貸さず、あなたは走ってゆく。
  失われた本とあなたを隔てる線路はどんな隙間にも通っている。
  列車は不意に、轟音をたてて宿命の線路の上を全速力で駆けてくる。

              (不狼児)

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