2012年04月02日

ひかり町ガイドブック 「濡れた指の女」

【パワースポット】

      「再生塚」
  再生塚には高さが人の背丈ほどの暗青色をした自然石が立っている。仄かに光を放つところから以前は殺生石とまちがわれていたが、実は再生効果がある。誰のだかわからない拾い物をかざすと、持ち主の姿が鮮やかに浮かびあがる。駅員は毎日のように集めた忘れ物を自転車の荷台に乗せて現れては、持ち物と浮かんだ主人の映像を写真に収めて戻ってゆく。故人の持ち物でも生前の姿がもれなく浮かぶので、それを目的に訪れる人も多い。


【ものがたり】

      「濡れた指の女」
  指を拾った。女の指だ。爪はきれいに剥がれてしまっていたが細く、しなやかで、死んで紫色になっているのに柔らかい。たぶん薬指だろう。うっすらと指輪の跡が残っている。
  再生塚に行って石にかざしてみたが、生前の姿は浮かばなかった。
  肌身離さず持ち歩いていると、切断面から肉の芽が生えてきた。
  芽は順調に育ってこぶし大に膨れ、紫がかった肉の球体から突きだした肌色の指先を触ると、びくびく動いた。
  やがて持ち歩けないほどに成長した肉塊は徐々に形を変えてゆき、胎児のように丸まった女の形になった。女は目をつぶり、体を縮めたまま、薬指を曲げ伸ばしして、わたしを求めた。まぶたの下に透ける眼球がくるくると回転して、夢を見ているとはっきりわかる。なかば開けた唇から覗く歯がわたしの指を噛もうとする。
  女の体がつやつやとした血色を取り戻し、少しずつ髪の毛が乾いて、皮膚呼吸に汗の発散が甘酸っぱく漂うようになった頃、目を開けて、女はもういちどこの世に誕生する。
  鼻腔を広げ、唇をすぼめ、一気に息を吐き出すと、女はわたしの妻だと主張した。
  涙はとめどなくあふれて川になり、思い出を水に流した。

              (不狼児)



posted by 不狼児 at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ひかり町ガイドブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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