【自然】
「羽衣海岸」
【ものがたり】
「しあわせの星」
(タキガワ)
*小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載
【ものがたり】
「キスをする前に」
天女の魅力にたえきれず、月は砕け散った。泣きながら天女が拾った月の破片は土曜日の海の味がする。
(不狼児)
【ものがたり】
「泳ぐ空」
セキレイ、チドリ、ヤドカリも蟹も、潮が満ちてくるとすべては水の中に沈む。いつもは最後まで満ちる前に引いてゆくのでまだ地上は何処かに残されているけれど、ある日、海は退くことを忘れて際限なく突き進むだろう。
砂浜に坐ってぼんやりそんなことを考えていると、突然、岩場に現れた少年が手を振った。彼が私の幼い息子であってもおかしくない。多分、事実そうなのだろう。
死にゆく者であることの罪の意識は消しがたい。どうせ死んでしまうので、死んだ後にもまだ残る世界に対して、我々はいつもあまりにも無責任すぎる。
ひたひたと水が意識に満ちてくると、細かに砕けた月の欠片が惹き起こす不安定な潮の干満が、今この瞬間にも波を高く持ち上げて岩場に襲いかかるのではないか、そう考えて私は軽く身構えずにはいられなかった。
(不狼児)
*参照「怪談銀行」(不狼児)
【ものがたり】
「泳ぐ空」
そもそも「泳ぐ空」は回帰する。永劫回帰とは「よし、そうだ。もう一度」という瞬間の回帰である。一度敗北した不狼児は何度でも、また敗れ去るのである。天女は花を撒き散らし、余はそのつど血まみれで地面に倒れ伏す。劫の敗北がリサイクルされ、「泳ぐ空」はどこにでも現れる。またもや余は失墜する。「とまれ、この時は美しい」余が口にする其の度に。イカロスのように墜落する。ツァラトゥストラのように没落する。月のように砕け散る。劫の人生が繰り返され、悟りはまだかという問いは、姿形を変えて現れる。救いはあるのか。天国は、涅槃はどこだ。「よし、そうだ。もう一度」余は呟く。そして熟れた果実のように地に落ちる。救済はなく、天国はない。すべては同じまま、何度でも繰り返す。永劫回帰の果てもなく、劫の空が重なって、巡る時が来ればいずれまた、空は泳ぐのである。