2012年02月16日

ひかり町ガイドブック 「奇計」

【地場産業】

      「南斜面の牛畑」
  ひかり町では牧畜業が盛んです。牛畑には植物性の牛が頭を出して、のんびり光合成をしています。雨が少なく、日照時間の多いこの土地は牛の肥育に最適です。時おりモーモー鳴きながら、肥料を反芻してよく太ります。乳牛は乳房が頭についています。牛が首を振るとブルブルゆれ、小さなツノが何本も生えた、大きなふうせんを載せているようです。地中の下半身から花茎を伸ばし、子牛は頭上に実るので、酪農家にとっても不便はありません。カラスやイノシシの被害にあわないように牛畑にはたいてい数匹の人面犬が飼われています。牛乳が好きでこっそり乳を吸うこともありますが、肥料を喉につまらせた牛を舐めて介抱したりもするので、大目に見られているのです。

【ものがたり】

      「奇計」
  ミノタウロスは迷宮で眠っている。
「今や遅し」
  その夢の中に音もなく歩み寄る、人の顔をした牛が言った。
「おまえはテーベから来る生贄の中の一人の少年の手によって屠られるだろう。愛する妹アリアドーネの裏切りのせいでな。テーセウスはおまえの許にたどり着き、金の糸を手繰って難なく迷宮から脱け出すだろう。おまえには未来永劫無縁な、光射す世界へ――生きるために!」
  暗い穴倉の冷たく動かぬ石壁で背中を支えて、ミノタウロスは眠り続ける。
  人の欲望が俺の体を切り刻む。
  俺は死ぬ。
  だが総てを黒く染めるのは、俺の望みではない。
  やがてミノタウロスは静かに応えた。
「おまえの顔は人の顔か。それでそんなによく喋るのだな。確かに俺は死ぬ。首を落とされて傷口から盛大に血を噴きながら、どう、とこの場に倒れるだろう。しかし俺の血に濡れた迷宮は大地の根を汚し、大地はその草を食む全世界の牛をこの血で染めて、肉を喰った、邪な考えを抱く人間どもの脳みそを片っ端から真っ白に麻痺させるだろう。足腰も立たず、涎を垂れ流し、夫は妻の、母は子の、見分けもつかず、屈辱と糞尿にまみれ、考える力を失い、叶えられなかった欲望の恨み辛みを果てしなくぶつぶつ呟きながら、哀れな末期を迎えるだろう。人間よ。白き地獄のいまわのきわに、せめて闇の底で哂うミノタウロスの声を聞くがいい」
  夢の中で、最後に人の顔をした牛がこう囁いた気がする。
  忘るるな。
  件のこと口外するべからず。
  さすれば予言と共に、おまえの呪いも成就されよう。
「今こそ、牛を喰らう全ての者に災いあれ」

            (不狼児)



posted by 不狼児 at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ひかり町ガイドブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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