2012年04月11日

夜の森線 (リミックス)

「ほら。ここが僕のふるさとだ」
  彼は錆びた消火栓の裏のゴミの溜まった路肩を指して言った。
  雑居ビルの陰になった日も差さない路地の突き当り。湿ったコンクリートは黒ずんで、罅割れたモルタルのかけらも落ちていた。土埃にはガラスの粉も混じっている。
  成人式の一週間後、彼は私にふるさとを案内すると言った。
  ここがそうか。
  振り向くと高圧線の鉄塔が見える。
「母は僕を産んですぐに、あそこで首を吊ったんだ」
  近くに駅の変電所があるのだ。鉄塔は町外れから田んぼの中、道路ををはさみ、山肌を登り、延々と線を引いて連なっている。
「高圧線は母のふるさとまで続いている」
  二十年。過ぎたのだ。街は廃墟のように静かで人の気配もない。
  駅には塵が積もっている。

 

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posted by 不狼児 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 500文字の心臓 超短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

父の日

  幼い頃、僕は亀を飼っていた。
  父は亀の甲羅を叩き割ったその手で僕の頭を優しく撫でた。

  学校が早く退けた午後。
  家に帰ると、五年前に死んだ祖母の布団を包丁で何度も刺している母の姿を見た。

  母は赤ん坊を刻みキャベツで洗ったこともある。キャベツの上にいる赤ちゃんを姉が見つけて、何をしてるのか訊ねたら、洗っているのと答えたそうだ。あれはどこの子だったんだろうね、と姉は呟く。

  僕が生まれた家は父が育った家で、柱には背の高さを測ったのではない傷が無数についている。
  作文にそう書いたら、父にひどく怒られたのを思い出した。

  春休み。姉が物置で首を吊った。
  夕方、見たことのない女の人が腹の下に大事そうに何かを抱えて、家から出ていった。

  母が病院で亡くなったのは先月のこと。

  昨日。僕は死んだ。
  両足が釘で道路に打ち付けられていることも知らず逃げることも出来ないまま車に轢かれたのだ。

  今日は父の誕生日だ。
  おめでとう。

 

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posted by 不狼児 at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 500文字の心臓 超短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

dogs (リミックス)

  足踏みをする。足踏みをする。囚人は寒い。
  一列に並んで、まだ進んではいけない。
  九官鳥の看守長が禿の刑務所長のかつらの上から号令をかける。―Go down, dogs!
  丸坊主の囚人を収めた四角坊主の刑務所には抜け穴の掘れない四角四面の庭がある。
  凍えた声が号令を復唱しながら円を描く。進んでも戻ってくるので足踏みと変わらない。
  犬どもよ。犬を呼吸して犬になれ。もっと。

 

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2012年04月10日

目石

  目石を拾ったので、手に目移りした。
  石を割ると中からギョロ眼がこっちを見ていたから、慌てて取り落したが、遅かった。瑪瑙の中の眼玉は俺の掌に乗り移り、好奇心を存分に満たすまで、離れない。
  三日は過ぎ、十日経っても目は俺の掌で見続けた。

 

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2012年04月06日

告白

  教えていいものかどうか、迷う。
  もう春は来ない。
  凍りついた地面の上で照り返す陽の光が強烈なのは、今日が夏至だからだ。
  子どもたちは残念がるだろう。氷原が解ける間もなく秋が訪れると、太陽は分厚い雲の  向こうで黒ずみ、昼間は僅かな薄暗がりの数時間に押し込められ、やがて暗闇に沈む。息を潜めて陽射しを恋焦がれているうちに、春がどんな季節だったのか、想い描くこともなくなった。
  春は、来ない。
  最後の春の訪れからいったい幾つ年を重ねたろうか。数える気力も失せた。
  死にゆく世界の長い末期の溜息は春の思い出と共に消えてゆく。
  子どもたちはもういない。
  私はひとりだ。

 

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2012年04月02日

ひかり町ガイドブック 「濡れた指の女」

【パワースポット】

      「再生塚」
  再生塚には高さが人の背丈ほどの暗青色をした自然石が立っている。仄かに光を放つところから以前は殺生石とまちがわれていたが、実は再生効果がある。誰のだかわからない拾い物をかざすと、持ち主の姿が鮮やかに浮かびあがる。駅員は毎日のように集めた忘れ物を自転車の荷台に乗せて現れては、持ち物と浮かんだ主人の映像を写真に収めて戻ってゆく。故人の持ち物でも生前の姿がもれなく浮かぶので、それを目的に訪れる人も多い。


【ものがたり】

      「濡れた指の女」
  指を拾った。女の指だ。爪はきれいに剥がれてしまっていたが細く、しなやかで、死んで紫色になっているのに柔らかい。たぶん薬指だろう。うっすらと指輪の跡が残っている。
  再生塚に行って石にかざしてみたが、生前の姿は浮かばなかった。
  肌身離さず持ち歩いていると、切断面から肉の芽が生えてきた。
  芽は順調に育ってこぶし大に膨れ、紫がかった肉の球体から突きだした肌色の指先を触ると、びくびく動いた。
  やがて持ち歩けないほどに成長した肉塊は徐々に形を変えてゆき、胎児のように丸まった女の形になった。女は目をつぶり、体を縮めたまま、薬指を曲げ伸ばしして、わたしを求めた。まぶたの下に透ける眼球がくるくると回転して、夢を見ているとはっきりわかる。なかば開けた唇から覗く歯がわたしの指を噛もうとする。
  女の体がつやつやとした血色を取り戻し、少しずつ髪の毛が乾いて、皮膚呼吸に汗の発散が甘酸っぱく漂うようになった頃、目を開けて、女はもういちどこの世に誕生する。
  鼻腔を広げ、唇をすぼめ、一気に息を吐き出すと、女はわたしの妻だと主張した。
  涙はとめどなくあふれて川になり、思い出を水に流した。

              (不狼児)

posted by 不狼児 at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ひかり町ガイドブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする