2012年03月11日

ひかり町ガイドブック 「地図にない町」

【隠れ家的スポット】
      「ふうせん横丁」
【ものがたり】
      「ふわり、ふわり」
              (加楽幽明)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載

 

【ものがたり】

      「地図にない町」
  風船横丁の上には電線横丁が重なりその上に空転横丁が寝そべっている。左にフーテン横丁。右にはゲーセン横丁。先へ進むと空戦小路。三階から飛び降りて点線横丁へ。反戦矛盾商店街の突き当たり、当然広場では、ナイフ陽一とピストル陰左衛門がひとりの女の浮遊権を賭けて決闘した。
  慣れぬ荒野の白袴。武器はまた昇る。
  ふわり、ふわり。小さな明かりが宙を舞う。
  ホタルのオペラ。このあたりでは絶滅したはずの――
「母さん、この酒は強いね」
  光で歌う無音のドラマ。
「母さん、あの帽子どこへいったんでしょうね」
  護岸で強姦、複数の高次ニンフに埋め立てられて暗渠テ・デウム異父兄弟。初めて合わせた血まみれの顔と顔との思い出を、今また再び血で洗う。

              (不狼児)

*参照「ホタルの木跡」 (タカスギシンタロ)
         「ホタルの楽園」 (オギ)



posted by 不狼児 at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ひかり町ガイドブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひかり町ガイドブック 「防御の環」

【文化施設】
      「光の美術館」
【ものがたり】
      「投影」
              (加楽幽明)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載

 

【文化施設】
      「光の美術館II」
  光の美術館は誘蛾灯だ。我こそはと自らを頼む学芸員が、影と光の芸術に惹き寄せられるように集まってくる。学芸員は何でも言葉にしたいのだ。だから壁もガラスも防音防水で光だろうと影だろうと、擦過音一つ、外に漏れる気遣いはない。
  隣には本物の絵画と彫刻の美術館があって、入場者数ははるかに多い。静かに鑑賞できるととても人気が高い。
  名前もなくどこにも紹介されないのは、学芸員をダミーの方に向かわせるためである。

 

【文化施設】
      「空中浮遊美術館」
  誰にも触られず、目にも止まらないように、空中に浮遊する美術館。梯子を掛けようとしても届かない。絶対隔離は人類に蔓延する愚かしさから美術品を守るためである。ナチの欲望と商業主義の陰謀から美術品を守りおおせた関係者も、今度ばかりは逃れられない、と一時は覚悟したそうだ。
  これ以上の危機はもうあるまい。
  いずれ大洪水が地表を覆い尽くすほど高まれば、箱舟に乗った誰かが人類の遺産を回収しにいく。

 

【ものがたり】
      「絵画泥棒」
  学芸員は美術館の寄生虫だ。鑑賞は目を閉じて思い浮かべるものだのに、学芸員は作品を端から蝕み蝕み言葉の滓にして吐き出してゆく。絵画や彫刻はいつしか空洞化し、幽霊に。あとには僅かな木屑しか残らない。なんて旺盛な食欲! 一人で数十万匹におよぶ白蟻の共同体。学芸員が作品に遺した虚構の判読。目を閉じれば思い浮かぶ情景を、尽きることない戯言が完膚なきまでに破壊する。
  今夜も老いた泥棒紳士は美術館から一枚の絵を救い出す。

              (不狼児)

posted by 不狼児 at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ひかり町ガイドブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひかり町ガイドブック 「光ぞめき」

【芸能】
      「ひかり寄席」
【ものがたり】
     「ひかりぞめき」
              (すぎやまあつし)


【ものがたり】

      「光ぞめき」
  ひかり寄席の地下は人足寄場になっていて、最下層にある二十余りのボイラーに囲まれた三和土では刑務所から送り込まれた囚人が半裸で釜に石炭をくべている。石炭といっても黒くはない。光炭という星型をした桃色の化石で、正体は太古のこの地に棲んでいた植物性の小人らしい。
  ひかり寄席の観客は一種の外燃機関であり、舞台を見て、ではなくボイラーで焚かれる蒸気によって爆笑する。
  席に着くと気づかぬうちに肛門へ細管を挿入。客なら誰も彼も無差別だ。体内に入った水蒸気はかまびすしい笑いとなって口から飛び出す。光炭で焚いた蒸気でしか、効果はないのだ。

  ひかりたんが
  わーらった
  こー
  くすくす

  観客は自分が笑っていることを知っているので舞台が面白いものと信じて疑わない。談死も死ん朝もそうやって笑いをとってきた。
  光炭が尽きれば、ひかり寄席の笑いは死ぬ。 

              (不狼児)

posted by 不狼児 at 22:51| Comment(2) | TrackBack(0) | ひかり町ガイドブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひかり町ガイドブック 「狩場」

【交通】
      「ぐるぐるひかりロード」
【ものがたり】
      「狩り場」
              (葉原あきよ)
            *小冊子『ひかり町ガイドブック』に掲載


【ものがたり】

     「狩場」
  夕ぐれ、遊歩道には人影もない。木々は黒く枝を伸ばす。道をそれると三日月も隠れた。
  何だか知らない場所だ。迷って聞く鴉の声は物寂しい。耳を澄まし、幾度首を回しても、違った方角から聞こえてくる。カア、クゥ、コウ、コワ、とそのたびに調子を変えて、愚弄する。
  闇の濃い木立を避けて歩いていると、足はいつのまにか湿地に踏み込んでいた。
  大きな魚がたてるような水音が、背中を撫でた。
  振り返るとそれは魚でもひきがえるでもなかった。
  背の高さからいって子どものようだ。裸で、一瞬は魚かと思ったのが不思議なくらい、魚らしい部分は欠片もない。顔も姿形も人と変わりなく、ただ肌の色が、白っぽいというよりごく薄い、鮮やかな落ち葉色で、それが身をくねらせて泳ぐさまは暗い水にも奇妙なことによく映えた。
  こんなに暗いのに、まだ水遊びとは。
  するっ、するっ、と水草のあいまを縫って器用に泳ぐ。
  ふと、見失う。
  気づくと、真後ろの蒲の穂の下から顔を覗かせていたのはさっきの児だ。と思ったのは瞬く間。胸に跳び乗り、押し倒し、菱の実ように尖った小さな歯が並ぶ、あどけない口で俺を咬んだ。
  恐怖のあまり漏らしていても下半身がずぶ濡れなので平気だ。それが一面に滲みだした血だったところで、これだけ暗ければ、誰からも気づかれはしないだろう。
  ようやくたどり着いた駅前で、待ち合わせた友人たちに彼は語った。
  さんざんな目にあったよ。こんなわけさ、と。
  見ろよこの歯型を。
  手首と、頬と、はだけた胸に、うっすらと色づいた咬み跡が見える。

              (不狼児)

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2012年03月06日

秋の恋

  中間テストの最中、転校生の少女が机に突っ伏して眠っていた。胸元にはあざやかな朽葉色のチョーカーが覗き、肘の先から小さなネジの頭が飛びだしている。思わず手を伸ばすと、
「ヤメテ。ネジヲ、マワサナイデ」
  彼女は眠りながら、カタカナで喋った。
「オネガイヨ」
  ネジは導火線だ。試験官の目をぬすんで、百円ライターでネジの頭に着火する。
  少女は目を開けた。あたふたと三十秒で服を脱ぎ、キスを交わす。後もう少し。
  ジリジリと焦る気持ちが相手にも移ったのか少女はチョーカーに付けたネジを外し、僕に渡して、「ホラ、モウイチド、ナンドデモ、アエルカラ」と微笑む。
  最初の爆発で、僕は大きなくしゃみをして目を覚ました。
  彼女の胸は確かに胡椒の香りがした。

 

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2012年03月04日

ひかり町ガイドブック 「町長記」


      「町長記」
  初代は狩野雷電氏ならむ。以下に記す。氏は抜け目なき人なり。時の権勢に寄生虫(とりいり)しこたま私腹を肥やしける。若くして妻を娶りて、三人の男子をなし残さず里子に出し猫犬(たまゐぬ)。家領に人里を離れし山奥あり。俗世を倦じて隠遁せると。人の噂真にあらず。狩野氏が妻しの女(じょ)、愈々美しく在らむとて光鹿の肉鱈腹喰らひ、喰ひに喰ひ喰ひ飽きて、病みて、あさましくも身の丈八尺百貫に余る大女と成り果つるこそ悲しけれ。起つも坐るもままならず、肉蒲団伏したるままに肥え太り、やがて口腔泡を吹き喘ぎあへぎして云ひしは、我かかるほどに病みたればこの先永らうべうもあらず。末期の希叶へさせ給へ。主人いかなりともとて問はば、妻、生きた童子を喰いたしと。主人悩みつるもしの女が希叶へんとて賤が屋に隠れにけり。密かに幾たりかの童子を捕らへ活かせしままに喰はせ猫犬。血の潮(うしお)乳房に千の川をなし。さわさわと小さき掌足裏散り惑い逃れんとてもむなしく、歯に挟まりし肉のぴいぴいと涼しき音を上げて、葉叢の雀ごと若木一本呑み下せし思い。無残也。およそ十月に百ばかり喰らひ終へて、しの女一命をとりとめぬ。往時予は光灯寺の小僧なれど師に随ひて茅屋を訪い、しの女のあさましき姿見て甚だしき恐懼覚へたり。乳房の脇、腹の外、余りたる肉の十重二十重に折り重なり、首は埋もれて口もえ開かず、尿(いばり)垂れる儘、夥しき汗の落ちぬるは山狗(やまいぬ)の臭気して堪へがたく、打ち乱れたる髪のしとどぬれたるさま、白き肌えに粘りつきからみて肉を抱(いだ)きたるけしき、この世のものならず。世話しつる人もどうようの赤裸汗みずくにて、見ればこの家の主人なり。肌黒く蓬髪長くして髯鍾馗に似たり。肉叢(ししむら)比肩を逞しくして、足短く、衣脱ぎたれば正に狒々(ひひ)なり。主人和尚に云ひけらく、人に告げ給ふことなかれ。此度のこと妻の咎にあらず。我情に応へむ珠の所業なり。人生まれ乍らに病めり。我ら唯生来の病の時を得て妄を払うに至らざるなり。二度日の目をみること能わず。この地を終の栖と成さん。しかれどもかくの如き化生、世には他にも多かるべし。師曰く、性残虐なりとて放擲せば怠惰なるものを長じて咎人たりしは、良く成れ、育て、盛んなれ、とおせっかいなる善き導きの弊害なり。無為より外の悟りなし。生殺与奪は神の御わざにてあらん。耳には師の称ずる念仏のみ聞こえて、春の雪のとけて泥にまみゆるを、蛇の骸(むくろ)うち捨てられたる心地して吐気をぞ覚ゆ。

              (不狼児)

  *参照 「光灯寺」  (峯岸可弥)  
           「禁猟区の蜜月」  (不狼児)
posted by 不狼児 at 23:04| Comment(1) | TrackBack(0) | ひかり町ガイドブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひかり町ガイドブック 「無量光寺の人面犬」

【パワースポット】

      「無量光寺の人面犬」
  無量光寺は寺と言っても寺院ではない。住職も宮司もいない。
  十坪ばかりの小さなお堂で来世の守り札を売っている。本尊もしめ縄も賽銭箱もない。手数料を払うと来世の自分が指紋を押した証文をくれる。指紋は当然今の自分とは違うので、本物かどうかはわからない。
  一家族がそこに住んで取り仕切っているが、駐在さんと同じで祭事を委託されているだけだ。詳しいことは何も知らない。
  お堂の前につながれているのが人面犬だ。口はきけるがあまり話さない。飼われているのは確かだがそもそも人面犬が無量光寺と家族のどちらに属するのかは話に聞いたこともない。

*参照「南斜面の牛畑」 (不狼児)
         「仔牛の季節」 (オギ)

【ものがたり】

      「しびれくらげ」
  無量光寺の池にはしびれくらげが棲んでいる。
  ある日、一匹の人面犬が水を飲みに池に近寄った。しびれくらげは来世の人間の意識のかけらだ。ふと前世を顧みた時に、落としてゆく。空を時々大きな顔がよぎるのがその証だ。振り返り、また向き直り薄れてゆく、顔からちぎれて雲のように漂う意識のかけらが水に落ちて、しびれくらげになる。
  人間にとって未来は毒だが来世はもっと有害だ。もし他の場所で殖えたら、と思うと、気が気でないのは僕だけではあるまい。
  しびれくらげが人と間違えて人面犬を襲う。すると人面犬は平気でくらげを呑んでしまう。 
  犬の糞になったしびれくらげは人間にとっても無害だ。

              (不狼児)

*参照「空飛ぶ円盤」 (不狼児)

posted by 不狼児 at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ひかり町ガイドブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひかり町ガイドブック 「三流旅館」

【宿泊施設】

      「三流旅館」
  ひかり町で最も古くからある一画。煤けたような木造の家が建ち並ぶ。掘割の蓋はまだ板だ。物干し台には植木鉢。煙草屋の店先にはダイアル式の公衆電話が置いてある。ガタガタと音をたてるガラスの引き戸。軒先で釣り忍が金色の葉を垂らす。旧街道沿いに立つ里程標は長い年月に石が削れ、書かれた文字は気まぐれな影が張りついた時だけ浮かび出る。地区の外れに、同じく木造だが三階建てのひときわ大きなその旅館がある。看板はあるが普通の人はまず気付かない。「三流旅館」は一流二流の三流ではなくてミツルと読む。屋号の由来はその昔ここまで海が入りこんでいて、潮が満ちると沓脱ぎが濡れたからだとも伝えられる。もてなしは三流どころか料理は特級。全館和室で、部屋はさして広くないものの霞がかかったような渋い佇まいが心地良い。「ただし出る」というから、実際に泊まったお客に訊くと「そりゃあ出るさ」と断言するが、何が出るかは教えてくれない。

【ものがたり】

      「厠の璃子(かわやのりこ)」
  白熱電球を呑んで死んだ女の幽霊が便所に現われて、「もどしてもくだしてもどうやっても物凄く痛いの」と訴える。衣服の上からもお腹の部分が透きとおるように赤く光っている。おそらく電球にコードが付いたままだったんだろう。

              (不狼児)

posted by 不狼児 at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ひかり町ガイドブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月01日

煙は火の娘です。煙に行く先を尋ねると、風に訊いてとこたえます。風はオレンジの香りを遺して去りました。イタリアの伊達男のつもりでしょうか。燃えるものは燃え尽きて、地面が黒く焦げています。かけおちの当事者は姿形もありません。よく晴れた空には雲がひとつ、煙の消えた方角を見送っています。

 

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posted by 不狼児 at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 500文字の心臓 超短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする