2007年05月29日
2007年05月28日
自殺日和
松岡農水相 自殺
だそうで。
死ねば同情してもらえると思っているいけずうずうしい神経が許しがたい。
そんなに罪を暴かれるのが怖いのか? まあナントカ還元水なんて言い訳では恥ずかしくて死にたくなるのが普通だが。
死者を鞭打て。
墓に唾をかけろ!
それが精神を健康に保つ秘訣だろう。
むしろ坂井泉水の転落死の方がショックかも。ZARDを好んで聴いていたわけではないがよく知っている。
こっちは事故だが、確かにこのニ、三日は自分でも自殺したくなるような気分だった。
全国的にそういう気分が蔓延していたのだろう。自殺日和ってのはあるようだ。当然自殺も多かったろうが、
僕だって昨日は危うく首を吊りそうなくらい嫌な感じだった。
なにしろ自殺したくなるような気分の時は生存本能が薄らいでいるから事故も避けにくい。思ったほど体が動かないわけで。その気がなくても、
ちょっとしたはずみで事故を起こしやすい。その気があれば、なおのこと。
気晴らしにビリーズブートキャンプなんかやろうとすると、ぎっくり腰になるのが落ちだ。
2007年05月24日
面白かった
「エスクァイアesquire」掲載 ロバート・
フランク インタビュー全文
写真も好きだが、この記事もいい。なんだかホッとする。晴れやかな気分になる。
やっぱり運がよくないと。運がいいためには自由であることが必須条件だろう。作品生産装置になってしまうのがいちばん不味いなと、
しみじみ。
這い回る蝶々
奥さんが窓を開けます。その腕は白いです。解き放たれた白い蛾が明りに誘われてまた部屋の中へ戻ろうとすると、ピシャリ! 奥さんは窓を閉めてしまいます。白い蛾はもう生まれた場所に帰れません。あの白い腕が故郷です。もう一度あの白に溶けてしまえるものなら、 僕は白く大きな羽で空気を押して舞い上がる一匹の蛾になってしまっても構わないとさえ思うのです。強烈な臭いがします。 アンモニアの混じったきつく甘い香りです。あの窓は浴室でしょうか? 意識が白く溶けてしまいそうな奥さんの体臭は、 あの窓のあたりから漂ってくるのです。ああ! でも僕は蛾には成れません。意識の昼に閉じ込められて、夜は遠く、この地上からは一ミリも、 舞い上がることだってできはしない。
2007年05月14日
犠牲と(BlogPet)
2007年05月07日
2007年05月03日
映画『バベル』で体調不良
いい傾向だ。もう少し卒倒してください。
最近の映画は無駄に画面を動かしすぎるし、障害物で画面を遮りすぎる。
B級アクションを撮る三流バカ監督まで真似して同じことをするから見難くてしょうがない。これに懲りてトニー・
スコットも画面フラッシュを諦めてくれるとありがたい。
だいたいむやみにカメラを振ったり画面をフラッシュさせてリアリティを出そうという手法はあまり高級とは思えない。
リアリティといったって、所詮はフィクションだ。人間が揺れるかわりに画面を動かしているにすぎないのに、リアリティとは御大層な。 過剰演出は作り手の思い込みを強調するだけで、リアリティとは程遠い結果を生むだけと思うが。
NHKのプラネットアースや、あまりに不自然などんでん返しや叙述トリックと同じで、せっかくすばらしい映像や、
気の利いたアイディアがあっても、全体としては興ざめな、どこか白々しいものになってしまう。
製作意図が強すぎて歪めてしまった流れの辻褄の合わない部分を「海は果てしなく青く広がっている」でごまかすしかなくなるからだ。
アップで画面グラグラ・リアリズムの元祖「ブレアウィッチプロジェクト」のスタッフが呪われて死んでしまったのはいい気味だ。
2007年05月02日
美の巨人たち 村上華岳
村上華岳の裸婦図は、単体として見ればなかなかいい絵だが、モナリザと並べるのは演出意図としてどうかと思う。東洋主義にも、 身びいきにも毒されない目で見れば、さすがに見劣りする。というか、どうしてもモナリザの方に眼が行ってしまう。 ジョットにしておけばよかったのに。
晩年の求道的姿勢は好きになれないが、絶筆の牡丹は良かった。アンフォルメルな風景もまあ。人の顔は漫画だけど。
花町の裏に住んでいたくせに女好きではなかったのだろう。牡丹は好きで毎日飾っていたそうだから、 やはり好きなものの方がうまく描けるのだ。
元芸者の94歳のおばあさんには色気があった。挿入されるドラマ仕立て部分の芸者役の女は白塗りのお化けだった。
現代人には向かないコスプレだ。潤いの欠ける人間を白塗りにすると余計パサパサに見えるようだ。

