「てのひら怪談 己丑」の献本が到着。

加門七海「己丑の託宣」がかっこいい。
白熱する疾走感。これを読むだけでも価値がある。
「眼は未開の状態にある。地上三十メートルにある驚異も、海中三十メートルに潜む驚異も、
すべてを虹色に分解する獰猛な眼差し以外の目撃者を持たない」とか、「埃でいっぱいの道、未来の交差点で、以後、
われわれにとって価値ある創造物は客観的偶然の白いスフィンクスと客観的ユーモアの黒いスフィンクスの出会いから生まれることになるだろう」
とか。この手の文章は見得を切らないとね。
日和っていたのでは何も始まらない。
これは語釈に見せかけた召還呪文だろう。より強力な魔物を呼び出そうとしている、そうたとえ世界が壊れようと、だ。
怪談が呼ぶ些細な恐怖や小さな異変の数々、人が死んでも数えられるほどの、お岩さんの崇りのようなちんけな内輪の凶事ではなく、
善でも悪でもないもっと強大な変革の力。激変を惹き起こす魔の発動。それを男性陣が三人がかりで懸命に押しとどめている、
といった本の造りになっている。
そもそも「語られたもの」なんて無事で済んだ奴がいるって訳だからたいした怪異ではない。
読んで易々と日常生活へ帰還出来るようなお話は、フィクションだろうと、実話だろうと相手にすしている場合ではないのだ。
”正男(ジョンナム)雲に乗る”の結末がキノコ雲だったとしてもかまわないではないか。
「人生を変えることと世界を変えることは今や唯一つの行為だ」
たとえ誰一人幸せにならなくても、世界がこのまま存在し続けるよりはましと思う人間は、この本を読んで、全く新しい怪談を書くがよろしい。
ちょうどビーケーワン怪談大賞も始まっている。

